2024年11月22日( 金 )

令和ニッポンの青写真を描け~第12回白馬会議報告(3)

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白馬会議運営委員会事務局代表 市川 周 氏

 令和の始まりはどことなく明るいムードが漂っていたが、新しい時代を切り拓く明確なビジョンが示されたわけではない。『平成時代』(岩波新書)で吉見俊哉氏(東京大学教授)が「平成」は失敗の博物館と書いていたが、「失敗は成功のもと」だ。「西のダボス、東の白馬」を目指して2008年に創設した白馬会議。昨秋12回目を迎え、「令和ニッポンの青写真を描け!」(11月23~24日開催)をテーマに、北アルプス麓のシェラリゾート白馬で激論、熱論に突入した。白馬会議運営委員会事務局代表の市川周氏が自らの言葉で、白馬会議にかける思いを語る。

「昭和世代退場」vs「老中青三結合社会」

 「若者はどう未来をつかもうとしているのか?」のセッションの報告者、西田亮介氏(東京工業大学准教授・社会学)は30代で、白馬会議の歴代基調報告者のなかでは最年少であった。西田氏は大半が二回り、三回りも年上の白馬会議参加者を前にして、こう切り込んだ。「日本の人口1億2,000万人のうち約9,200万人の昭和生まれ世代が圧倒的マジョリティを占める。だが、彼らは昭和的なマインドセットのままで生きていることで、ある種の混乱が生じているのではないか」。

西田 亮介 氏(東京工業大学准教授・社会学)

 昭和の時代は、よくも悪くも先を見通しやすい社会だった。今日の先に明日があった。ところが平成から令和の時代は、予想をしにくい、見通しの悪い社会になっている。先を見通しにくい社会をどう生き抜くべきか、まったく正解が見えない。

 一方、昭和世代が社会で大きな役割をはたしてきた平成の時代は、贔屓目にいってもうまくいかなかった。昭和の遺産を次の時代に引き継ぐことができなかったからだ。そのうまくいかなかった知見を、令和の時代に引き継いでもらっても困ると、ポスト昭和世代に権限を移すべきだと問題を挙げた。

 ストレートな西田氏の問題提起に対して、会場は一瞬静まりかえった。「平成失敗博物館」の悲観主義から立ち直って、令和ニッポンの青写真づくりに挑もうとしている多くの白馬会議参加者にとっては足下をすくわれるような話だったからだ。

 ただし、こちらにも言い分はある。現在、65歳以上の人口比率は28%台だが、この比率は止めどなく拡大するのではなく、あと30年足らずで約4割に高止まりする。その後100年近くの日本社会は、15歳未満の「青年」が1割、15歳~65歳の「中年」が6割、65歳以上の「老年」が4割の人口構成で固定する「老中青三結合社会」に入っていく。この来たるべき時代の雰囲気は、政治や経済、文化などのさまざまな側面に現れて来るだろうし、そのための準備も始めなければならない。

 ちなみに「老中青三結合」は中国文化大革命の時代に毛沢東主席が叫んだ言葉だが、「老中青三結合社会」で問われるのは逆ピラミッド型人口構成時代の権限委譲システムではない。これから求められるのは、それぞれの世代が当事者意識をもって日本文明の共創に参画していく新しい意識と行動ではないだろうか。西田氏ともこの議論を続けたいと考えている。

(つづく)

※詳細報告書とダイジェスト動画を白馬会議のウェブサイトに掲載。

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