2024年11月17日( 日 )

新型コロナ禍:自粛警察はファシズムか(後)

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大さんのシニアリポート第89回

 作家の真山仁氏は、このような風潮について、「絶対安全!」といわれていた原発が東日本大震災時に事故を引き起こしたことが原因となったのではないかと説く。「いわゆる安全神話の崩壊で、国民の多くは、何が正しいのかわからなくなった。やがて、権力者が国民をだまし続けた挙げ句に、原発事故を引き起こしたという考えを持つ人が増えた」「自分たちは『権力者にだまされた被害者だ』という立ち位置がいつしか『我々は正しい』という自己弁護を生み、やがて『その正しさを揺るがす者は許さない』という攻撃へ向かった」(「朝日新聞」5月16日)。真山氏はそれが匿名性の高いSNS上で拡散したとの分析を示す。

 このような偏見や差別的意識から生まれるヘイトクライムは、新型コロナウイルスが発生してから起きたのではない。常日頃心のなかにある意識が「コロナ騒動」という非日常的な状況を借りて言葉になることが多いのだ。幾度となくご登場願うのだが、私自身、「あなたは作家でマスコミにも出る有名人だが、県営住宅に住んでいることを忘れないように…」と、隣接するニュータウン(48年前はたしかに新しい街で、一流企業社員、弁護士、医者もいたが、今は見事なオールドタウン)の住人にいわれたことがある。

 不思議なことに、昔日のプライドだけで生きている哀れな人たちが今もいるという事実。ヘイトする側がもつ意味不明の「優越感」が仮想的有能感を生じさせる。彼らに共通するのは、自分がヘイト(嫌悪)されることを極端に恐れることだ。その恐怖から逃れるために、同じような考えを持つ人たちと徒党を組む。つまり「群れる」のである。資格は「かつての肩書き」。私はそれを「ヘイトガード・シェルター」と呼んで同情する。

 前出の田野・甲南大教授は、「権威への服従と異端者の排除を通じた共同体形成の仕組みのことを、私はファシズムと呼んでいます。『自警団』的な行動は、ファシズムの根本的な特徴を体現しています」(「朝日新聞」6月9日)といい、「社会意識論」という講義で「ファシズムの体験学習」という実にユニークな特別事業を実践してきた。

 授業では、受講生を白シャツとジーパンという「制服」を着用させてグランドで屋外実習する。そこで、「ハイル、タノ!」の敬礼のもと、指導者に忠誠を誓い、カップル(あらかじめ仕込んだサクラ)を取り囲み、「リア充爆発しろ!」と糾弾する。「指導者の命令に従って集団で行動していると、責任感がまひしてしまい、集団から外れている異端者を排除したくなります。屋外実習では、集団の熱狂に感化されて、糾弾に加わるやじ馬の学生も現れます。機会に乗じて大騒ぎし、欲求を発散しているわけです」といい、やがて「制服を着ていないくせに入ってくるな」という気持ちが芽生えはじめる。「ちゃんとやらない人にいらだつ」といった規範の変化が生じはじめる。田野はこれを「いじめの構造と同じ」と説く。最初はふざけていても、気がつかないうちに本気になっていく。積極的にいじめる人は一部でも、いつの間にか暴走してしまう。集団の持つ力の怖さである。コロナで閉塞感が増すなか、とくに匿名性の高いSNSでは、仮想的有能感を持つ人たちが、「正義」をちらつかせて暴走を繰り返す。

 時代が価値観を大きく変化させてしまう歴史的事実も残されている。長寿者が少ない中世期には、認知症の高齢者が家族や社会から崇められていたのである。それが「目指せ!100歳」時代になると、長寿そのものに大きな価値を見いだせないのみならず、「痴呆」が「認知症」に各上げされ、認知症に過大な恐怖を抱くようにもなった。

 もっとも、「自粛警察」を自認する人たちは、その時代を担う権力に備わった「空気」を巧みに読み取り、再び同じような顔をして登場するのだろう。そうした「権力の走狗」と成り下がることに随喜の涙を流す輩がいるかぎり、ヘイトクライムがなくなることはない。ただし、「『ぐるり』で酒を飲んでいる」「3密禁止を守っていない」と、市役所の関係窓口に告げ口する元利用者がいるが、残念ながら彼には「自粛警察」を名乗るだけの資格が欠如している。「入りたいけど入れない」(問題を生じさせ、出入禁止に)という怨みと妬みが見え見えである。

 もっともこうした輩が存在しているということは、それだけ「ぐるり」が地域に認められ、根付いた証拠でもある。喜ばしいことである。

(了)

<プロフィール>
大山眞人(おおやま まひと)

 1944年山形市生まれ。早大卒。出版社勤務の後、ノンフィクション作家。主な著作に、『S病院老人病棟の仲間たち』『取締役宝くじ部長』(文藝春秋)『老いてこそ2人で生きたい』『夢のある「終の棲家」を作りたい』(大和書房)『退学者ゼロ高校 須郷昌徳の「これが教育たい!」』(河出書房新社)『克って勝つー田村亮子を育てた男』(自由現代社)『取締役総務部長 奈良坂龍平』(讀賣新聞社)『悪徳商法』(文春新書)『団地が死んでいく』(平凡社新書)『騙されたがる人たち』(講談社)『親を棄てる子どもたち 新しい「姥捨山」のかたちを求めて』(平凡社新書)など。

(第89回・前)

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