新型コロナ後の世界~「石油・エネルギー」の行方を考察!(3)
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(有)エナジー・ジオポリティクス代表取締役 渋谷 祐 氏
4月20日、ニューヨーク原油市場の指標となる「WTI」(ウエスト・テキサス・インターミディエート)5月物の先物価格が前週末の1バレル18ドル台から、マイナス37.63ドルに大暴落した。史上初のマイナス価格が世界を震撼させた。急落の原因は、新型コロナウイルスの感染拡大が「パンデミック」になり、世界経済が急減速したこと、それに輪をかけて、OPECとロシアなど「OPECプラス」産油国の協調減産体制が崩壊したことにある。その後、一時1バレル30ドルまで持ち直すなどしているが、先行きには不透明感が漂う。渋谷 祐 (有)エナジー・ジオポリティクス代表取締役・(一社)中国研究所 21世紀シルクロード研究会 代表に聞いた。
透明性のある「オープンな市場」の発達があった
渋谷 現在の国際原油市場の特徴はプライス・リーダーがいないことです。1980年代の中頃まではOPEC(石油輸出国機構)がある程度、世界の原油の取引を仕切っていました。それ以前の1970年代初めまでは、エクソンやシェルなどの「セブン・シスターズ(7人の魔女)」と呼ばれたメジャー7社が非公然の国際カルテルを形成して、半世紀近く石油市場を支配していました。私の経験でも、たとえば1バレル50ドルから51ドルに変化した場合、「誰がその1ドルを上げたのか」が明確にわかったのです。
しかし、80年代以降は、価格をコントロールできる国際カルテルは存在していません。すなわち、石油価格がOPECやメジャーではなく、生産者と需要家以外に投資家などが自由に参加する「オープン市場」(ニューヨーク・マーカンタイル取引所〔NYMEX〕やシカゴのインターコンチネンタル取引所〔ICE〕が大きな影響力をもつ)に委ねられるようになっています。
WTIの原油の実際の生産量は1日当たり50万バレル程度ですが、先物市場では1日当たり1億バレルを超える取引が毎日行われています。従って、実際の売り買いは、金融商品・株式市場と同じで、アリゴリズム(コンピューターで計算を行うときの「計算方法」)のなせる業となっています。
すなわち、コンピューター上は合理的な最適解であっても、国際需給市場には、「情報の瑕疵や不完全性」が生じているのではないかという疑念があります。それゆえ、投機を呼びやすく、過剰流動性が相乗発生するので、原油価格は大きく変動(乱高下)しやすくなっています。その象徴的なものに、最大金融商品となっているアメリカのシェールオイル(従来の砂岩ではなく、泥岩に含まれている原油埋蔵物)があります。
今回、日本人の国民生活への影響で一番端的に現れるのは、ガソリン・軽油の価格、電気やガス料金(輸入される原油価格に連動している)を中心に、石油化学製品の価格などです。さらにいえば、輸入に99.7%依存している日本は、新型コロナとは別に、中東(イラクなど)で紛争など、大きな動きがあった場合には、原油価格も大きく乱高下します。一方で、劇的な出来事で、先物市場価格は「落ちるのも速いのですが、上がるも速い(V字回復)」(「谷深ければ山高し」)と言われています。
中東の油は安価、かつ輸送コストも安かった
――日本は原油を、サウジアラビア(約30%)を筆頭として、アラブ首長国連邦(UAE)、カタール、クウェート、イランなどに多くを中東(88.2%)に依存しています。しかし、現在の中東情勢を考えると、供給ルートをもっと多様化させるべきという意見もあります。
渋谷 私が石油連盟にいた当初はイランが第1位の輸出国で、サウジアラビアは第2位でした。その後、サウジアラビアがトップに躍り出て、現在に至っています。中東の石油は安価で、輸送コストも安く、大きなタンカーで大量に運んでくることができました。日本は高度経済成長にあり、石油をいくらでも必要としていたので、選択の余地はあるようでありませんでした。また、日本の元売り石油会社(日石、昭和石油など)はセブン・シスターズの一員である当時のロイヤル・ダッチ・シェルなどと資本関係を有していました。
中東から日本までの輸送経路には、ホルムズ海峡やマラッカ海峡というリスクもがあり、エネルギーの安全保障の観点から、中東だけに依存するのはたしかに好ましくありません。しかし従来、日本への原油輸入先は中東やインドネシアなど南方などを含めて10カ国程度に限られていました。
中東以外の供給源確保策では、ロシアのサハリンから日本までパイプラインを敷設し、天然ガスを輸送する「日ロ天然ガスパイプライン構想」は20年以上前からありました。しかし、政治の問題、日本の漁業補償問題など超えなければならないハードルが高く、まだ実現に至っておりません。70年代当時の記憶ですが、東京ガスの安西浩会長(当時)のようにロシアと積極的に取引をしようとする経営者はとても少なかったことが思い出されます。また、原子力発電比率の拡大を推進していた政府・電力会社の意向などの問題もクリアできませんでした。
しかし、現在は脱・中東依存のための分散化の努力が進み、ロシア、アフリカ、北米や中南米まで徐々に供給先は増えています。世界全体がOPEC依存度を減少させようと試み、その依存度も40%程度まで低下しました。
アメリカ(現在世界最大の産油国)のシェールオイルは相当量の輸入が期待できますが、シェールオイルは決して安価でなく、中東産と比べて遠距離輸送になるというハンディもあります。(つづく)
【金木 亮憲】
<プロフィール>
渋谷 祐(しぶたに・ゆう)
1942年兵庫県西宮市生。慶応義塾大学商学部卒。石油連盟入局(外国調査部、68年)、外務省入省、中近東2課配属、75年-78年、在クウェート日本大使館書記官(UAE、バーレンおよびカタール大使館書記官兼務)、北極石油(株)調査役(82年-84年、カナダ石油開発プロジェクト)、ジェトロ・ロンドン石油資源部長(88年-92年)、石油連盟環境保全課長、広報課長、外国調査部次長など(92-96年)、中東経済研究所主任研究員(2003年)、アジア・太平洋エネルギーフォーラム設立幹事・研究主幹(1996年-2003年)、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科特別研究員(06~12年)、早稲田大学総合研究機構中華経済研究所招聘研究員(10~14年)。
現職として、(有)エナジー・ジオポリティクス設立代表(03年6月~)、MECインターナショナル・シニアコンサルタント(英国、07年~)、早稲田大学資源戦略研究所事務局長兼主任研究員(12年7月~)、(一社)中国研究所所員(11年~、21世紀シルクロード研究会世話人代表)、ウインザー・エネルギーグループ(英国、グローバルエネルギー地政学)およびキヤノングローバル戦略研究所北東アジア研究会メンバーなどを務める。関連記事
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