2024年11月25日( 月 )

「新型コロナ」後の世界~大学の本来あるべき姿を考察する!(10)

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東京大学大学院情報学環 教授 吉見 俊哉 氏

 新型コロナウイルスは「世界の軌道」を止めた。私たちは今避難を余儀なくされ、物質的な考えを止めさせられ、自分が生きることだけを考えている。そして、このことは、これまで私たちが地球に行ってきた環境破壊がもたらした大洪水、ハリケーン、竜巻、海洋汚染、氷山崩壊などと同じで、貪欲な資源獲得の争いや終わりのない戦争の結果であることに気づき始めている。
 一方で、世界が一度止まったことで、私たちは自分の人生で大切なものは何かを考える時間ができた。今後、大学はどのような役割をはたしていくべきなのだろうか。

 東京大学大学院情報学環・教授の吉見俊哉氏に聞いた。ちょうど新型コロナ騒動直前の1月末に吉見教授がオックスフォード大学教授の苅谷剛彦氏と共著で出版した『大学はもう死んでいる?』(集英社新書)が今注目を集めている。それは、同書がまるで世界が一度止まることを予期していたかのように、日本はのみならず世界中の大学が抱える根本的な問題をあぶり出しているからに他ならない。

世界の大学から「空間の壁」が消えた

 吉見 「大学はオンラインが可能である」ことが意味するのは、1つには日本、そして世界の大学から「空間の壁」(距離の壁)が消えたということです。オンラインは、距離がゼロの「ドラえもんのどこでもドア」です。たとえば、私の授業は、仙台、福岡、札幌、ソウル、北京などにいる学生も聴講しており、このようなことが、当たり前になっていきます。

 それでは、この先に何が起こるかというと、国内はもちろん、海外の大学とのコラボレーション(共同授業)が可能になるということです。今では、東大の先生と京大の先生がシェアして、ZOOMなどを使って両大学の学生向けに共同授業を行うことが可能になりました。北海道大学と琉球大学の共同授業も可能です。しかし、日本に限ったことではなく、学問の世界に「国境」はなくなりました。東大とソウル大、東大と北京大、さらには東大とオーストラリア国立大学とシンガポール国立大学の3大学の共同授業も可能になりました。

空間の壁が消えたと同時に、現れた時間の壁

 吉見 ところが、東大とオックスフォード大学もしくはハーバード大学の共同授業は原則できません。「空間の壁」はなくなったとはいえ、タイムゾーンが違うため大きな時差があるからです。今のところ、ヨーロッパはアフリカと、北アメリカは南アメリカと、そして日本はアジア、オセアニアと共同授業が可能な状態にあります。

 さらに、海外の大学との共同授業では、各国の「学事暦」が障害になってきます。すなわち、東大とソウル大学と北京大学の先生が「アジアで大人気になると思われる授業」の企画を進めた場合、「いつ行うか」を決める段階になると、海外の大学の多くは9月始まりですが、日本は4月始まりのため、「学事暦」が合いません。そのため、結果として共同事業を実現することは難しいでしょう。オンライン化によって、「空間の壁」が消えて、世界が結ばれたと同時に、「時間の壁」が見えてきました。今後は、時間のマネージメントがすごく大切になります。

東京大学大学院情報学環 教授 吉見 俊哉 氏

 日本はこの「学事暦の壁」を解決しなければ、最終的には「日本の大学とは共同授業はやりづらいため、共同授業では日本を除いて考えましょう」ということになってしまう可能性があります。私は最終的には、企業は通年採用になり、日本の大学も9月始まりに向かって行かざるを得ないのではないかと考えています。

 さらに、日本の大学のように、1週間の学生の履修科目が10~12科目あることは世界でも希で、本当に「異常」ともいえることです。海外の大学の平均である4~5科目に比べて2倍近くあります。この点も、共同授業を企画する際の大きな障害になります。このようにさまざまな問題点を抱えている国は、主要先進国のなかでは日本だけです。

未来を構想し、志向するために、絶望や失敗を直視する

 ――最後に、読者にメッセージをいただけますか。

 吉見 近日中に『大学という理念』という本を東京大学出版会から出版します。
 この本の副題を「絶望のその先へ」としました。絶望というのはネガティブな言葉なので、その先はないと考えるかもしれませんが、私はこの本のなかで「大学という理念は絶望の先にあるのだ」と主張しています。私は“Failure is always your choice.”(失敗は成功のもと)と書かれたTシャツを好んで着ています。
 希望は絶望の先にこそあるし、成功は失敗の先にあります。未来を構想し、未来を志向するためには、失敗や絶望をしっかり見つめないといけないと考えています。もし、絶望や失敗を直視しなければ、永遠に絶望し、失敗し続けることになるからです。私たちは、願望や成功よりも、絶望や失敗からはるかに多くのことを学ぶことができます。

 明治時代から約150年近く、日本は先進的な欧米文明に追いつくために「より速く、より多く、より高く」を目指すキャッチアップ型の社会を目指してきました。そして、1980年代に、その社会は飽和点を迎えました。しかし、限界に達しても「成長から見放されることへの恐怖」から逃れることができず、政策の大きな転換はできませんでした。アフターコロナを機会に、今こそ「成長社会から成熟社会」へとパラダイムを転換し、「より楽しく、よりしなやかに、より末永く」を実現し、文化的、知的で、持続可能性のある社会を目指すべきだと考えています。

(了)

【金木 亮憲】


<プロフィール>
吉見 俊哉
(よしみ・しゅんや)
 1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環教授 兼 東京大学出版会理事長。同大学副学長、大学総合研究センター長などを歴任。社会学、都市論、メディア論、文化研究を主な専門としつつ、日本におけるカルチュラル・スタディーズの発展で中心的な役割をはたす。
 2017年9月~18年6月まで米国ハーバード大学客員教授。著書に『都市のドラマトゥルギー』(河出書房新社)、『博覧会の政治学』(講談社)、『親米と反米』(岩波書店)、『ポスト戦後社会』(岩波書店)、『夢の原子力』(ちくま新書)、『「文系学部廃止」の衝撃』(集英社新書)、『大予言「歴史の尺度」が示す未来』(集英社新書)、『トランプのアメリカに住む』(岩波新書)、『大学はもう死んでいる?』(集英社新書)など多数。

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