2024年11月25日( 月 )

「新型コロナ」後の世界~健康・経済危機から国際政治の危機へ!(9)

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東京大学大学院法学政治学研究科 教授 小原 雅博 氏

 新型コロナウイルスはイデオロギーもルールも関係なく、国境や民族を越えて人類を襲った。そして今、コロナ危機は健康、経済から国際政治や外交、安全保障の領域にまで拡大している。
 東京大学大学院教授の小原雅博氏は近著『コロナの衝撃―感染爆発で世界はどうなる?』(ディスカヴァー携書)で「危機はこれまでは、国家や民族意識を高めてきたが、今の私たちは監視社会でない自由で開かれた社会を築くと同時に、感染症に屈しない強靭な社会を築かなくてはいけない」と述べている。小原氏に新型コロナ後の世界について語ってもらった。

交渉時点では相手国を100%把握できない外交

 ――新型コロナは、世界の 「外交」に変化を与えるでしょうか。

 小原 外交とは、国家の目標(国益)を実現するために、戦略や政策を立て、国家の有する手段・パワーを用いて、他国に交渉や働きかけ、協力を行うことです。外交の前段階として、国内政治における国益の確定、パワーの増強、外交政策の決定があります。国内政治と国際政治(外交)は深く関わっているのです。

 国内政治で国民の支持する国益と政策を決定しても、その決定が国際政治でも受け入れられるとは限りません。相手国には相手国の国益と政策があり、自国の国益とは一致しないからこそ、交渉が行われるのです。

 たとえば、「北方4島すべての返還は日本国民の悲願であり、日本政府として譲歩のできない基本政策である」と主張しても、ロシアが同意しない限り、現状は何も変わりません。交渉において合意が生まれるのは、力による威嚇などを別にすれば、双方が互いに譲歩し、Win-Winのかたちになる場合のみです。不法占拠とはいえ、ロシアは北方4島を実効支配しています。国際政治は甘いものではなく、日本が国際法という正義の論理を振りかざせば返還してもらえるものではありません。安倍政権がシベリア開発への経済協力を提案しているのもそのような観点に立つ政策です。

 国際政治での政策は国内政治に跳ね返ってくることにも注意が必要です。もし二島返還でロシアと交渉をまとめられたとしても、次に国会などの国内政治で了承を得られるかは不透明、不確実です。このように国内政治と外交は互いに作用しあい、制約し合っている点を理解することが、外交では極めて重要です。

 また、外交の難しさは、交渉時点では相手国のパワーや政策に関する情報が不十分かつ不正確であり、自国内での外交政策や交渉による合意が妥当かについて客観的に判断しにくいことにもあります。そのため、多くの外交交渉の評価は、後世の専門家や歴史家に委ねることになります。

 たとえば、日露戦争後の「ポーツマス講和会議」があります。今では当時の日本の戦闘継続能力がすでに限界に達していたことがわかっていますが、当時の国民はもちろん東大教授までが「この内容は譲歩しすぎのため、受け入れられない」と小村寿太郎外相(日本側全権代表)が結んだ講話条約に反対しました。その結果、「日比谷焼き討ち事件」()を始め、全国的な騒乱が起きました。

 外交交渉は、後に歴史家が振り返って評価を下すことはできますが、交渉時点では、その判断は容易ではありません。たとえば、ソ連の崩壊を予想した人は1人もいなかったように、世界では予想もされていなかった出来事が起こります。それでも外交では、国際情勢、とくに大国関係などの大局観をもちながら、10年後、20年後の世界も展望しつつ、入手した情報から判断を下さなくてはなりません。

 しかも、今日の世界では、国家の相対的パワーを把握しにくくなっています。原因の1つは、1945年以来、大国間の戦争が起きていないからです。第2次大戦までは、大国間の戦争がしばしば起きて、その結果どちらのパワーが強いかが明らかになっていました。

 冷戦も、米国とソ連の直接戦争は起きずに終わったことはとても好ましいのですが、とくに軍事力などの米国のパワーがどれほど強いのかは、わからずに終わりました。米中のパワーの比較、パワーの要素を含めた情報を正確に分析するのは容易なことではありません。さらに、外交と内政が一体化し、外交が国内のナショナリズムやポピュリズムに制約される今日では、国家間の冷静な対話や交渉にともなう困難さもより複雑で大きくなっています。

 ※:ポーツマス条約反対の民衆暴動。自然発生的に起こり、桂太郎内閣の御用新聞国民新聞社、内相官邸、警察署、交番・派出所を焼打ちするなど暴動は翌日まで続き、地方にも波及。軍隊が出動し戒厳令が敷かれた。負傷者2,000人、死者17人。^

(つづく)

【金木亮憲】


<プロフィール>
小原雅博
(こはら・まさひろ)
 1980年東京大学文学部卒業、1980年外務省入省。1983年カリフォルニア大学バークレー校修士号取得(アジア学)、2005年立命館大学にて博士号取得(国際関係学:論文博士)。アジア大洋州局参事官や同局審議官、在シドニー総領事、在上海総領事を歴任し、2015年より現職。立命館アジア太平洋大学客員教授、復旦大学(中国・上海)客員教授も務める。
 著書に『日本の国益』(講談社)、『東アジア共同体―強大化する中国と日本の戦略』、『国益と外交』(以上、日本経済新聞社)、『「境界国家」論―日本は国家存亡の危機を乗り越えられるか?』(時事通信社)、『チャイナ・ジレンマ』、『コロナの衝撃―感染爆発で世界はどうなる?』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『日本走向何方』(中信出版社)、『日本的選択』(上海人民出版社)ほか多数。
 10MTVオピニオンにて「大人のための教養講座」を配信中。

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