トランプ大統領の残忍さを理解できなかった安倍首相~辞任劇の裏に隠されたアメリカの思惑(中)
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浜田 和幸 氏(国際未来科学研究所代表)
アメリカのトランプ大統領は安倍首相より数倍は強(したた)かだ。辞任記者会見直後の安倍首相に通算37回目となる電話を寄越し、「シンゾー、お前は日本の歴史上、最高の首相だ。なぜなら、アメリカ大統領の自分とこれまでにないツーカーの関係を築いたから。本当にお前はグレイト政治家だ!」と労をねぎらった。
まさに「ほめ殺し」の典型だ。ところが、そんなトランプの誉め言葉を真に受け、自身のSNSで自慢しているのだから、安倍首相の人の好さは救いがたい。実際、そんな甘さが今回の辞任劇をもたらしたと言っても過言ではないだろう。なぜなら、トランプ大統領は表向き安倍首相を持ち上げてきたが、裏では冷酷なまでに安倍首相を追い詰めていたからだ。
盗聴は「朝飯前」
しかし、与野党を問わず政治家もマスコミ関係者の多くも「職務が遂行できないほど体調が悪化したのでは致し方ない。しっかり休んで健康を取り戻してもらいたい」と慰労する声が大半である。海外の指導者からも冒頭に紹介したトランプ大統領以外にもインドやイギリスの首相からも「お疲れ様。尊敬に値する」と称賛のメッセージが相次いでいるという。
そして、今や「次の首相は誰か」といった自民党内の総裁レースに関心が一気に移ってしまった。8年近い「安倍一強時代」の総括も十分になされないままだ。これでは、目前のコロナ対策や国内経済の立て直しも、ましてや人口減少社会への対応や緊張の高まる国際関係との向き合い方についても「ゼロからの再スタート」となってしまう。実にもったいない話である。
そこで、安倍首相辞任の隠された背景について考察を加えてみたい。日本の大手メディアは「過剰な忖度」が日常化しており、森友学園、加計学園問題や「桜を見る会」など安倍首相のスキャンダルについては深追いしないことが多かった。東京高検の黒川検事長の定年延長問題も然りであった。首相の関与や官僚の不正を徹底的に解明することには至らずだ。財務省の公文書書き換え問題も抗議の自殺者まで出たにもかかわらず、うやむやに終わってしまった。河井案里議員への異常な選挙資金の提供や夫である前法相の関与についても同様である。安倍首相の辞任によってすべてに幕引きが行われようとしている。
しかし、欧米の調査報道は違う。たとえば、トランプ大統領がロシアとの非合法ビジネスに手を染めていることを次々と暴露されている。もちろん、クリントン元大統領やオバマ前大統領の無責任な発言や行動にも躊躇せず、鋭いメスを入れてきた。現職のニクソン大統領を辞任に追い込んだ「ウォーターゲート事件」に関する報道の伝統が生きているわけだ。
そんなアメリカの報道機関は軍やCIAなどの諜報機関が収集、分析する外国要人の動静にも目を光らせている。東京に活動拠点を構える米海軍の情報収集機関では安倍首相はもちろん日本の主要な政治家や官僚の一挙手一投足を24時間監視下に置いており、電話やネットの盗聴など朝飯前である。
実は、安倍首相の自宅の電話が長年、盗聴されていたことが発覚しても、日本政府の対応は「まさか」といった程度で、同様な事件が起きた際の欧州同盟諸国によるアメリカに対する厳重な抗議ぶりとの違いは歴然としていた。要は、たとえ同盟国であろうとも、その指導者の本心を探るため、欧米の同盟諸国の間ではあらゆる情報収集活動が日常化しているのである。その詳細は現在ロシアに亡命中のスノーデンによっても暴露されたが、アメリカに限らず、ロシア、中国、北朝鮮などによる日本国内での情報収集活動は精鋭化する一方だ。
そうした情報収集の成果は対日工作にとって欠かせないものとなっている。安倍首相はじめ政権中枢を担う人物の秘められた言動、とくに健康状態に関する情報は重要視されている。アメリカ政府は小学生のころにまで遡って、安倍首相の病歴を詳細に調査していた。また、アメリカがとくに関心を寄せているのは、日本の政治家と海外の接点である。なかでも利権がらみの人的接点には内部の通報者の確保を含め、徹底的な監視の目が注がれている。
具体的にいえば、菅官房長官のお膝元でもある横浜周辺におけるカジノ誘致にからむ中国やアメリカ企業の動き。次世代通信網システム「5G」をめぐる総務省、経産省、防衛省内の動きや欧米ならびに中国企業による市場争奪戦。アメリカ政府が日本への売り込みに熱心な防衛関連技術の国内パートナー企業と外国企業との接点。こうした分野の利権に係わる族議員や業界関連議員の動静は日夜を問わず注視対象になってきた。
そうしたアメリカや中国の情報収集機関がこのところ高い関心を寄せてきたのが安倍首相とオリンピック利権である。「スーパーマリオ」に扮してまで、「福島原発事故の影響は完全にアンダーコントロール下にある」と安全宣言をし、東京誘致を確実にした安倍首相の熱意に世界は息を飲んだ。とはいえ、その裏では汚染水の処理技術をめぐる内外企業の熾烈な市場争いが演じられてきた。
また、コロナ・ワクチン開発をめぐる製薬利権も無視できなくなってきていた。さらには、安倍首相が実行した安全保障関連法や共謀罪についても、「国際人権規約に違反する恐れがある」との観点からアメリカの国務省は問題視する動きを加速させていた。
同じことは、安倍政権下で進んだ外国人技能実習制度についても、「外国人の人権や自由が拘束されている」との判断から、アメリカ政府は毎年のように日本政府をやり玉に挙げてきた。なぜ、最大の同盟国であるはずのアメリカが日本の弱点というか恥部に対して執拗な批判を繰り返すのか。それは日本の動きをけん制し、アメリカの望む方向から政策や行動がズレないようにコントロールするためである。
(つづく)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。関連キーワード
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