2024年12月22日( 日 )

ストラテジーブレティン(261号)“The Economist”と「週刊エコノミスト」、好対照の安倍評価~安倍批判に狂奔した日本メディアと専門家、日本評価を始めた W・バフェット氏(前)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。今回は2020年9月9日付の記事を紹介。


(1) 安倍政権のレガシーを否定するのか、肯定するのか

あまりにもバランスを欠いている日本のメディア、専門家

 世界でもっとも評価されている英国の『The Economist』誌(9月5日付)が、“How Abe changed Japan(安倍首相は日本をそのように改革したか)”というカバーストーリーを掲載した。去り行く日本の首相がこのように高い評価で取り上げられたことはかつてない。

 一方で、毎日新聞社が発行する『週刊エコノミスト』誌は「検証アベノミクスの負の遺産」(9月7日発売号)を特集し、「アベノミクスは功なき大罪だ」(浜矩子氏)、「負の遺産、潜在成長率を低下させた異次元緩和と財政拡大」(木内登英氏)を巻頭の論文として掲載した。『週刊エコノミスト』誌による安倍政治の酷評は、今さら説明するまでもない。日本人であれば誰でも知っている「断罪」とでもいえる論評である。

 武者リサーチが投資家、経営者にあえて伝える義務があると感じているのは、『The Economist』誌による安倍政権に対する180度異なる高評価である。抄訳は以下の通りである。

客観的、公正な海外メディアと識者

 多くの人々は、安倍氏の突然の退陣は病気を口実にしているものの、政治失敗の結果だと考えている。確かに、コロナ禍、対中摩擦、少子高齢化など、憂鬱な局面である。しかし安倍政権の8年間に政府の対応力は大きく高まった。去り行く首相は、一般に考えられているよりもはるかに多くの成果を成し遂げた。

 コロナ前までは、アベノミクスは成功し、戦後日陰者であり続けた日本がアジアと世界外交において卓越した担い手になった。また、前任者が為し得なかった多くの改革を成し遂げた。アベノミクスは2%のインフレ目標には届かなかったものの、デフレを終わらせ、71カ月の景気拡大をもたらし、米国を上回る生産性向上を実現した。農家の抵抗を押し切り、関税を引き下げ、TPPを推進した。子育て支援、女性の社会参画、入管法の改正などの改革も進展した。コーポレートガバナンスの劇的向上は海外投資家の日本評価を高め、W・バフェット氏の日本株の投資を惹き起こした。

 2度の消費税増税が、日本経済をリセッションの淵に追い込むなどの間違いもあった。しかし多くの識者たちによる『政府債務が、金利を支払い不能な水準までに押し上げる』『日銀のマイナス金利は大銀行に致命傷を与える」などとする陰鬱な警告は、ただただ、間違いであった。

 安倍首相の評価の混乱ぶりは、より大きな成果を上げた外交において、さらに顕著である。前の帝国主義戦争の体制の担い手(岸信介元首相)の孫であり、公然たるナショナリストである安倍氏は、中国と危険な対立を引き起こし、同盟国との関係を損なうと懸念された。しかし懸念とは裏腹に、アジア地域で同志国をまとめ、中国の怒りを招くことなく中国の軍事経済的影響力を押し返した。インド、オーストラリアとの軍事協力を強化した。トランプ大統領との格別の懇意のみならず、中国の習近平国家主席との良好な関係を維持した。

 人口減少、女性の社会進出、正規雇用と非正規雇用の格差、政府のデジタル化の遅れ、グリーンエネルギー化の遅れなどの課題はある。しかし安倍氏が残した、もっとも知られていない最大の功績は、後継者が役割をはたす土台、つまり政権の統治能力を高めたことであろう。

 派閥を抑え、自由気ままであった官僚を政治主体のコントロール下に置いた。もし次期首相が何か成果を挙げられるとするならば、その多くは安倍氏が土台を築いたことによって可能になったといえるだろう。

 武者リサーチでは前回レポートで詳述したが、このような客観的で肯定的な安倍政権の評価は、日本ではほぼ見られないのでないか。

間違った、現実を見ない思想が国を誤らせる

 武者リサーチがこのことにこだわる理由は、正しい政策選択、政策実績の評価が国の将来を決めると考えられるためである。歴史を振り返ると、政策によって国の盛衰が大きく決定づけられてきたことは明らかである。すべての好条件が揃っていても、政策を間違えると国が滅亡することもある。

 かつて古い経済学と戦ったケインズは、「どのような経済の実践家も、過去のある経済学者の奴隷であることが普通である」と述べている(J・M・ケインズ著、『雇用・利子および貨幣の一般理論』)。官僚や政治家が間違えるのは、過去の古い間違った思想を適用するからである。さらにケインズは、「良かれ悪しかれ危険なものは、既得権益ではなくて思想である」と述べている(同)。

(つづく)

(後)

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