2024年11月24日( 日 )

「最後のバンカー」元三井住友銀行頭取の西川善文氏死去~戦後最大の経済事件「イトマン事件」を振り返る(2)

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 三井住友銀行初代頭取や日本郵政初代社長を務めた西川善文(にしかわ・よしふみ)氏が9月11日に死去した。享年82歳。各メディアは、即断即決と強力なリーダーシップで金融危機下の銀行経営を先導し、「最後のバンカー」と言われた西川氏の評伝を載せた。バブル景気の後、中堅商社イトマン(株)の不良債権問題の処理に奔走したことが、バンカーとしての最大の仕事だったといえる。改めて、「イトマン事件」を当事者たちの回想を基に振り返る。

磯田の娘からイトマン社長河村良彦にかかってきた1本の電話

「園子です。河村さん、先般は何かとご配慮をいただきましてありがとうございました。早速ですが、実はピサが買い付けを予定しているロートレック・コレクションの絵画類があるんです。イトマンさんで買っていただけませんでしょうか。あるいはどなたか適当な買い手を探していただけませんか・・・」

 首都高速を走行中のイトマン社長の河村良彦氏の自動車電話に一本の電話がかかってきた。電話の主は磯田の娘、黒川園子氏。1989年11月のことだった。

 磯田氏には男女2人の子どもがいた。その長女が園子氏。磯田氏は「園子、園子」と目のなかに入れても痛くないほど溺愛した。父親の寵愛を一身に受け、蝶よ花よと育てられた園子氏は、家庭におさまるタイプではなかった。82年7月、セゾングループ系の高級美術品、宝飾品販売店「ピサ」の美術品担当の契約嘱託社員として入社した。セゾングループ代表の堤清二氏に磯田氏が頼んで入れたのである。

 黒川園子氏から依頼を受けたイトマン社長の河村氏は、伊藤氏に相談。「私の知り合いに詳しい奴がいます」と、伊藤氏が紹介したのが、許氏である。

 許氏はこの話にすぐ乗った。許氏が大阪で建設計画している美術館が完成したあかつきには、イトマンが購入した原価に52億円を上乗せし、68億円で購入することでまとまった。

 絵画は政治家が錬金術で使う。許氏は、この「安く買わせて高く引き取る」という政治家のテクニックを使った。絵画転がしで52億円の利益が転がることに目がくらんだ河村氏は、イトマンで「絵画事業」に取り組んだ。許氏のグループ会社から、イトマンが購入した絵画は678億円にのぼった。しかし、許氏側が引き取るわけがなく、不良債権となる。

 これら一連の絵画事件の発端は磯田天皇の娘の園子氏が勤めていたピサとの取引だった。

雅叙園観光の債権700億円をサルベージ

 西川善文氏は前回の記事で紹介した『回顧録』のなかで、イトマン事件について、以下のように綴った。

 「イトマン事件は、イトマンが雅叙園観光という会社(有名な東京の目黒雅叙園とは別会社)の第三者割当増資を引き受けて資本参加し、雅叙園観光筆頭株主の協和綜合開発研究所と提携して不動産事業に進出したことに始まる。1990年1月23日のことだ。

 協和綜合開発研究所の社長は伊藤寿永光氏で、メインバンクは住友銀行だった。後に新聞や週刊誌などさまざまに報じられたが、もともと闇社会との関係が取り沙汰されていた伊藤氏は、雅叙園観光株の買い占めで名を挙げた仕手集団コスモポリタン会長・池田保次氏が88年8月に謎の失踪を遂げる前に乱発した手形を回収したといわれている。

 その手腕に惚れ込んだらしい河村良彦社長が、伊藤氏を企画監理本部長としてイトマンに入社させ、不慣れで業績が不安定だった不動産部門を統括させたのが90年2月のことだ。それを境にして伊藤氏はそれまで自ら手がけていた地上げ(都市部の強引な用地買収)などさまざまな問題案件をイトマンに持ち込んで処理しようとしたと報じるマスコミもあった。

 雅叙園観光(株)は、内紛に乗じ、『コスモポリタン』の池田保次氏が乗っ取った。池田氏は同ホテルを担保に手形を乱発したあげく、失踪したため、雅叙園観光の経営に関わってきたのが許氏と伊藤氏である。許氏は債権者代表として送り込まれ、伊藤氏は池田氏に貸し付けていた。

 債権者グループは、雅叙園観光の債権を伊藤氏に集約する道を選ぶ。伊藤氏は700億円の手形を全額、サルベージ(回収)した。その資金は、伊藤氏の会社のメインバンク・住友銀行の紹介で、イトマンが融資した。

 90年2月、雅叙園観光が実施した第三者割当増資をイトマングループが引き受け、筆頭株主となり、河村氏が雅叙園観光の社長に就任した」

 伊藤氏は池田氏が乱発した手形の尻拭いをイトマンに、見事に押し付けたのだ。雅叙園観光の簿外債務をイトマンに肩代わりさせることに成功し、雅叙園観光から逃げ切ったのである。これがイトマン事件の始まりだった。

(つづく)

【森村 和男】

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