2024年11月25日( 月 )

地球環境を踏まえた持続可能な「市場経済システム」を模索!(3)

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(一財)国際経済連携推進センター 理事 井出 亜夫 氏

 多くの人々は、『歴史の終わり』(フランシス・フクヤマ著)や『フラット化する世界』(トーマス・フリードマン著)に描かれた、民主主義で自由経済のグローバル化した世界がほとんど虚構にすぎなかったと気づき始めている。トマ・ピケティ氏がベストセラーの『21世紀の資本』で指摘したように、グローバル化は、富の格差拡大やそれに伴う政治・社会問題などを生み出し、市場経済システムが不安定であると自覚したためだ。
 (一財)国際経済連携推進センター理事の井出氏は、「自然を克服する欧米思想によってもたらされた近代は、もはや機能していない。新型コロナ後の世界では、人間の相対性や相互依存性に着目した「東洋思想」を振り返り、今後の対応に役立てるべきではないか」と語る。

倫理観を備えた市民による自由な経済取引に疑義

 ――新型コロナ騒動以前から、多くの人々は今日の「市場経済システム」の不安定さを自覚しています。問題はどこにあるのでしょうか。

 井出 近代市場経済システムは、倫理観を備えた市民による自由な経済取引が人々を豊かにし、幸福をもたらすという前提の下、発展してきました。今日の市場経済システムは、その前提に疑義が生じています。最近までの経済学の世界を支配してきた米国シカゴ学派(ミルトン・フリードマン氏に代表される)の経済学が、もはや通用しない事実を早く認識する必要があります。

イギリスの経済学者のジョーン・ロビンソン氏(※1)は1970年代に経済学の危機を唱え、インドの経済学者・哲学者のアマルティア・セン氏(※2)は、今日の経済学を「合理的愚か者の分析学に堕した」と喝破しました。フランスの経済学者のトマ・ピケティ氏(※3)の著書『21世紀の資本』が世界的ベストセラーになったことには、こうした背景があります。

 『国富論』を書いたイギリスのアダム・スミス氏は経済学者であると同時に、哲学者、倫理学者です。倫理学書『道徳感情論』のなかで、社会秩序は感情に基づく道徳原理によって保たれるという思想を示しました。それは、人間は利己的だが、人間の本性に他人に関心をもつ「共感(同感)」の感情があるため、社会の秩序と繁栄が導かれるとした世界観です。ここで示した世界観・人間観が『国富論』の書かれた根底になっています。ところが、後世の人々によって、『国富論』のみが切り離されてしまい、あたかも「すべてが自由な経済活動」を主張したかのように言われています。このことは、アダム・スミス氏にとっても心外なことだと考えています。

ドイツの社会学者・経済学者のマックス・ウェーバー氏が、主要著書である『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』のなかで語っているのは、強欲に利益を上げて儲けるという話ではなく、勤勉に働いて、あとは神の御心に従うということです。日本でも、近江商人は「三方よし」「先義後利」に象徴される商売道を唱え、実業家・慈善家であった渋沢栄一氏は著書『論語と算盤』のなかで、論語つまり倫理と、算盤つまり利益を両立させて経済を発展させるという考え方を唱えています。

江戸末期の農政家である二宮尊徳氏の「持続的発展思想」も、この流れのなかにあります。本来、尊徳氏の唱えた「報徳思想」とは、至誠、分度、推譲、勤労によって道徳と経済を一致させ、富国安民をはかろうとする教え・考え方なのです。 

効用論からは貧富の格差という考えは生まれない

 確かに、戦後世界は「植民地の独立」と「戦後の復興」に注力してきました。そのこと自体に大きな誤りがあったわけではありません。しかし、その流れが1つの岐路に立っていることはたしかです。70年代から警告もすでにありましたが、体系化することは叶いませんでした。しかし、「地球社会」の存続を考えると、残された時間は多くはありません。

 今回の新型コロナ騒動で世界の軌道は一度止まりました。これらの動きをより広範囲に、具体的に、体系化するチャンスだと考えています。まさにサステイナブル・デベロップメント(持続的発展)の思想とその具体化が求められています。

 近代経済学では、効用が大きければ、経済的に合理的で正しいとされます。ところが、「誰にとっての効用であるのか」を問うことを避けています。「自分にとっての効用」と「他人にとっての効用」は比較できないものとして無視しています。すなわち、この効用論からは、トマ・ピケティ氏の指摘した「貧富の格差」拡大いう考えは生まれません。

 今日の経済学の限界(資本主義の欠陥など)に対し、バングラデシュの経済学者でノーベル平和賞受賞者でもあるムハマド・ユヌス氏(※4)は、「貧困ゼロ」「失業ゼロ」「環境破壊ゼロ」の世界を提唱しています。

(つづく)

【金木 亮憲】

※1:エリノア・オストロム氏が09年に受賞するまでノーベル経済学賞候補になった唯一の女性。 ^
※2:アジア初のノーベル経済学賞受賞者。94年アメリカ経済学会会長。^
※3:02年にフランス最優秀若手経済学者賞を受賞。^
※4:グラミン銀行創始者、国連SDGのAdvocatesの1人。^


<プロフィール>
井出 亜夫
(いで・つぐお)
 東京大学経済学部卒、英国サセックス大学経済学修士。(一財)経済産業調査会監事、(一財)地球産業文化研究所理事、(一財)機械振興協会理事、同経済研究所運営委員会委員長、(認定NOI法人)日本水フォーラム評議委員、全国商工会(連)業務評価委員長、(一財)国際経済連携推進センター理事、(一社)フォーカス・ワン代表理事など。
 1967年に通産省入省して99年退官。この間、OECD日本政府代表部参事官、中小企業庁小規模企業部長、経済企画庁物価局審議官、日本銀行政策委員、経済企画庁国民生活局長、経済企画審議官(OECD経済政策委員会日本政府代表)の役職などを歴任。退官後は、慶応義塾大学教授同客員教授、日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授同研究科長、INSEAD日本委員会メンバー、国際中小企業会議代表幹事・シニアアドバイザー、中小企業事業団理事、(公財)全国中小企業取引振興協会会長などを歴任。
 著書として、『アジアのエネルギー・環境と経済発展』(共著 慶応大学出版会)、『日中韓FTA』(共著 日本経済評論社)、『世界のなかの日本の役割を考える』(共著 慶応大学出版会)、『井出一太郎回顧録』(共同編集 吉田書店)、『コロナの先の世界』(共著 産経新聞出版社)。

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