地球環境を踏まえた持続可能な「市場経済システム」を模索!(4)
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(一財)国際経済連携推進センター 理事 井出 亜夫 氏
多くの人々は、『歴史の終わり』(フランシス・フクヤマ著)や『フラット化する世界』(トーマス・フリードマン著)に描かれた、民主主義で自由経済のグローバル化した世界がほとんど虚構にすぎなかったと気づき始めている。トマ・ピケティ氏がベストセラーの『21世紀の資本』で指摘したように、グローバル化は、富の格差拡大やそれに伴う政治・社会問題などを生み出し、市場経済システムが不安定であると自覚したためだ。
(一財)国際経済連携推進センター理事の井出氏は、「自然を克服する欧米思想によってもたらされた近代は、もはや機能していない。新型コロナ後の世界では、人間の相対性や相互依存性に着目した「東洋思想」を振り返り、今後の対応に役立てるべきではないか」と語る。人間の相対性、相互依存性を述べた東洋思想
――井出先生は今日の「市場経済システム」の不安定さを乗り越えるために、「東洋思想」の導入を提案されています。
井出 近代の到来は、自然を克服する「欧米思想」(一神教をベース)によってもたらされましたが、この機会に人間の相対性、相互依存性を説いた「東洋思想」(一神教にこだわらない)を振り返り、今後の対応に役立てるべきではないかと考えています。前回、紹介した人々に加えて、その思想を以下に紹介します。
(1)『説苑』に示される国を超える発想
これは、中国上代~前漢中期までの故事説話集で、前漢の大儒・劉向の編纂と言われています。前漢時代、近代国民国家の概念はありませんでしたが、この書の古代東洋思想のなかに国家を超えた人類共同体思想を見ることができます。
(2)『論語』に現れたコンプライアンス観
・法律制度、刑罰だけで秩序を維持しようとすると、民はただそれらの法網をくぐるだけに心を用い、幸いにして免れさえすれば、それで少しも恥じるところがない。(一方で)徳をもって民を導き、礼によって秩序を保つようにすれば、民は恥を知り、みずから進んで善を行うようになる。
・利益本位で行動する人ほど怨恨の種をまくことが多い。
・君子は万事を道義に照らして会得するが、小人は万事を利害から割出して会得する。(3)人間と自然界との調和を示す「老荘思想」
老子、荘子の哲学を奉じる道家および後世の思想文化の総称です。魏晋時代には老荘思想を体現するために隠逸・逸民となり、権勢利欲の世界からのがれて琴酒諷詠の文人生活を送る竹林の七賢人に代表される人々がいました。また老荘の無為無欲、無為自然の道を物質生活の面で理解した人びとは、神仙説の不老長寿や道教の福・禄・寿的富貴繁栄も希求しました。
(4)北宋の政治家・文人、范仲淹氏の散文『岳陽楼記』に現れた「先憂後楽」思想
(為政者が天下のことを)「人よりも先に憂え、人よりも後れて楽しむ」こと。
(5)明代末期の儒者、洪応明氏による儒仏道の倫理の集大成『菜根譚』
・仁義の力は何物にも勝る:
富の力に対し、仁の徳で対抗し、名誉で来るならば、正しい道で対抗する。
・学んで後に自ら実行する:
学問を講じても実行を大切にしなければ口先のみであり、事業を起こしても自分の利益のみを追求するのであれば、眼前の花のようなものである。
・三態(道徳、事業、権力)の富貴名誉を比較すると、道徳によるものがもっとも優れている 。(6)マハトマ・ガンジー氏(インド独立運動の指導者)の「現代社会の7つの大罪」
(1)道義なき政治、(2)道徳なき商業、(3)労働なき富、(4)人格なき学識(教育)、(5)人間性なき科学、(6)良心なき快楽、(7)献身なき信仰。
(7)宮沢賢治氏(作家、農民指導者)の著書『農民芸術概論綱要』
「我らは一緒にこれから何を論ずるか。(略)世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する。この方向は古い聖者の踏みまた教えた道ではないか。新たな時代は世界が一の意識となり生物となる方向にある。 我らは世界の真の幸福を訪ねよう」(1930年代にこの先駆的思想を唱えている)。
(8)尹東柱氏(韓国詩人)の序詞
尹東柱氏は、日本留学中に治安維持法で獄死しています。現在は韓国の延世大学、日本の同志社大学に記念碑があります。序詞「死ぬ日まで空を仰ぎ、1点の恥辱無きを 葉あいにそよぐ風にも私は心痛んだ。星をうたうこころで生きとし生けるものをいとおしまねば そして私に与えられた道をあゆみゆかねば 今宵も星が風に吹き晒される」が知られています。
(つづく)
【金木 亮憲】
<プロフィール>
井出 亜夫(いで・つぐお)
東京大学経済学部卒、英国サセックス大学経済学修士。(一財)経済産業調査会監事、(一財)地球産業文化研究所理事、(一財)機械振興協会理事、同経済研究所運営委員会委員長、(認定NOI法人)日本水フォーラム評議委員、全国商工会(連)業務評価委員長、(一財)国際経済連携推進センター理事、(一社)フォーカス・ワン代表理事など。
1967年に通産省入省して99年退官。この間、OECD日本政府代表部参事官、中小企業庁小規模企業部長、経済企画庁物価局審議官、日本銀行政策委員、経済企画庁国民生活局長、経済企画審議官(OECD経済政策委員会日本政府代表)の役職などを歴任。退官後は、慶応義塾大学教授同客員教授、日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科教授同研究科長、INSEAD日本委員会メンバー、国際中小企業会議代表幹事・シニアアドバイザー、中小企業事業団理事、(公財)全国中小企業取引振興協会会長などを歴任。
著書として、『アジアのエネルギー・環境と経済発展』(共著 慶応大学出版会)、『日中韓FTA』(共著 日本経済評論社)、『世界のなかの日本の役割を考える』(共著 慶応大学出版会)、『井出一太郎回顧録』(共同編集 吉田書店)、『コロナの先の世界』(共著 産経新聞出版社)。関連記事
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