2024年12月23日( 月 )

安倍・菅政府のこの1年の新型コロナ対策を振り返る(1)

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九州大学非常勤講師・フリーライター 辻部 亮子 氏

 2月2日、緊急事態宣言の延長が決定された。年末の新型コロナウイルス感染症の急拡大および医療体制の逼迫を受けて、1月7日、緊急事態を再発令した菅総理は、記者会見で国民に向かい「1カ月後には必ず事態を改善させる」と言った。しかし、約束の1カ月を経て、状況はどうなったか。

 確かに、新規感染者数については1月8日にピーク(7,882人)に達したのち、一進一退を繰り返しながらも顕著な減少傾向を示し始めた。とはいえ、2月10日の時点で首都圏は「ステージ4(感染爆発)」(10万人あたりの新規報告数が1週間で25人以上)「ステージ3(感染急増)」(同15人以上)をいまだ脱していないほか、全国では依然として日々2,000件前後の新規感染が発生している。

 深刻なのは、重症者数の拡大である。1月20日から28日まで1,000人超えが続いた上、その後も1日700人以上の水準で高止まりしている。医療体制は崩壊寸前となり、死者の増加ペースも加速、わずか1カ月で2,480人も増加し、2月9日の段階で累計6,555人となった。適切な医療を受ける必要があっても、受け入れ先がないために重症化した、さらには命を落としたといった、痛ましいニュースも次々ともたらされた。要は、事態は「改善」どころか「悪化」したのである。

 新型コロナ・パンデミックのアウトブレイク以来、日本政府は一貫して、感染抑止と経済維持を両立させる方針で臨んだ。両者はトレードオフ(二律背反)の関係にあり、高度で繊細な舵取りを要求するが、前者なしに後者はあり得ない。今回の緊急事態宣言再発令もその観点から踏み切ったわけだが、このような有り様では実体経済のさらなる縮小はまぬかれまい。これで「新型コロナウイルスに打ち勝った証として」東京五輪を予定通り開催するつもり(2021年1月18日、菅総理施政方針演説)など、まるでブラックコメディを見ているようではないか。

 つまりは、現時点ですでに、安倍・菅両政権は新型コロナウイルスの脅威から国民の命と生活を十全に守ることができなかったと言わざるを得ないのである。彼らはこの1年間、一体何をしてきたのか。これまでの政府の対応を振り返りながら、安倍・菅両政権の「失敗の本質」に改めて迫ってみたい。

第1波の「健闘」は、安倍政権の「日本モデル」の手柄… とんでもない!

 とはいえ、第1波の際は、ダメージを低く抑えられたことはたしかである。2020年上半期における日本政府のコロナ対策を検証した、(一社)アジア・パシフィック・イニシアティブ(理事長:船橋洋一)主催の「新型コロナ対応・民間臨時調査会(民間臨調)」によれば、日本はこのとき、強制的なロックダウンを実施せずして、新型コロナ感染症の人口比死亡率を100万人あたり8人(7月17日時点)に抑え込んだ。これは欧米諸国の数十分の一の水準であり、東アジア・太平洋地域のなかでは高い方(インドネシア、フィリピンについで3番目)だったとしても、「決して失敗ではなかったと思われる」。

 経済面においても、日本のGDPは1〜3月期は前期比▲0.6%、4月〜6月期は前期比▲7.9%(年率換算で各々、前期比▲2.3%、前期比▲28.1%)と落ち込んだものの、G7のなかではもっとも低く抑えられていた。懸念された企業破綻の急増も見られず、完全失業率も5月2.9%、6月2.8%、7月2.9%と、コロナ前の水準(2.2~2.4%)より若干悪化したにとどまった。こうして「まずまず健闘したといえる数値」とともに、日本のコロナ前半戦は過ぎていった。

 そしてその間、安倍政権のもとで採られた方針は、民間臨調の評言を借りるなら「法的な強制力をともなう行動制限を採らず、クラスター対策による個別症例追跡と罰則をともなわない自粛要請と休業要請を中心とした行動変容策の組み合わせにより、感染拡大の抑止と経済ダメージ限定の両立を目指す」というもの。

 これに2回にわたる大型補正予算編成を通じた緊急経済支援策を加え、需要蒸発ショックを和らげるために金融・財政両面からテコ入れしたのである。1度目の緊急事態宣言を解除した5月25日、安倍首相がこれを「日本モデル」として、その成果を国内外に誇らしげに報告したことはいまだ記憶に新しい。

 しかしながら、日本の前半戦の「まずまずの健闘」がすべて安倍政権のコロナ政策の効果といえるだろうか。欧米流の厳格な行動規制を敷かずとも感染者数・死者数の急拡大を食い止められたのは、日本社会特有の「握手やハグなし、箸での食事、室内土足厳禁などの生活習慣が効いた」(舛添要一・元東京都知事、2020年5月25日ツイート)とも考えられる。さらには、「自粛警察」を生み出すほどの強い同調圧力や、国民的芸能人の急逝による心理的衝撃などが、国民の行動に大きく作用したことは明らかだ。政府は結局のところ、種々の自粛を「お願い」しただけではないかとの見方もできるのである。

 経済にしても、たとえば大規模な企業倒産を防ぐことができたのも、「持続化給付金」やいわゆる「ゼロゼロ融資」などの手厚い資金繰り支援によるのみならず、企業側に豊富に存在していた内部留保(2019年10~12月期時点において、史上最高の約479兆円にまで積み上がっていた)が赤字補てんに貢献した面も大きいと民間臨調はいう。失業率の悪化が抑止された点に至っては、「雇用調整助成金」の特例措置が効果を上げたというよりも、少子高齢化でもともと人手不足だったということや、優先的に解雇の対象となった非正規労働者(その7割近くを占めるのが女性である)が、その後家事労働者になるなどして非労働者に移行し、失業者としてカウントされなかったことによるものではないかとの指摘まである。

 このような観点からすれば、第1波の日本の「健闘」をあたかも政府の手柄のように喧伝した安倍政権は笑止千万という一言に尽きるが、問題はその後。とくに秋以降の惨状にかんがみるに、安倍政権とその後継者となった菅政権は、この「日本モデル」なるものの批判的検討を行うどころか、むしろそれをそのままゴリ押しすることで、コロナを凌ぎきろうとしてきたのではなかったか。

(つづく)

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