オンライン授業が新型コロナ下で一気に前進(3)
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公立大学法人 名桜大学 名誉教授 清水 則之 氏
新型コロナが大きく変えたものの1つに「大学教育のあり方」がある。イスラエルの人類学者であるユヴァル・ノア・ハラリ氏(ヘブライ大学歴史学部の終身雇用教授)は、昨年放映のNHK(ETV特集)で「私の大学では過去20年間、一部のコースのオンライン化を検討してきたが、“ああでもない、こうでもない”という反対で何もできなかった。それが今回は1週間で全てのコースがオンラインに移行した」と語っている。早くから、大学授業のオンライン化に注力してきた公立大学法人名桜大学名誉教授でエドノール・インスティチュート代表の清水則之氏に話を聞いた。
(聞き手・文:金木 亮憲)
ICT技術の進展で遠隔授業の欠点を解消
――冒頭のユヴァル・ノア・ハラリ氏の言葉の意味がわかったような気がします。そのeラーニングですが、短所もあります。この点についてはどう思われますか。
清水則之氏(以下、清水) eラーニングは受講者にとっては、職場や自宅など自分のスペースで学習できて、テキストなどの書籍と比べると、動画や音声により内容が理解しやすくなるなど多くのメリットがあります。管理者にとっても、学習管理システムを利用するため、受講者の進捗状況やテスト結果などをプログラムで自動的に処理することができて、チェックや集計なども簡単に効率的に行えて一元管理を実現できます。受講者に対しても、常に最新の学習教材を提供できるようになりました。また、集合しての授業と比較して、教材費や資料の印刷費、会場費などを削減できてコストを抑えやすくなります。
では、デメリットにはどのようなものがあるのでしょうか。代表的なものとして、受講者にとっては「学習やモチベーションを維持するのが難しくなる」という点があります。また、講義者にとっては「リアルタイムでの質疑応答やディスカッションが難しく、受講者への効果が実感しにくい」という点もあります。
しかし、私はICT技術・グループウェア(※1)の進展によって、これらはすでに短所ではなくなっていると考えています。
今までの教室で行う対面講義でも、100~200人の大教室では日本人学生はほとんど質問しませんし、教員もこと細かく学生の反応を見ることができませんでした。意見も数人に求めていくのが限界でした。しかし、オンライン(eラーニング)だと、時間が許せば全員の意見を聞くことができるし、1人1人のリアルな表情もこと細かく見ることができます。教員側のICT技術習得の進捗(eラーニングにおける効果的な教授法の習得)によって、学習効果がさらにレベルアップすると考えています。
もう1つ、学習効果で大切にしなければならないものに「場の雰囲気」というものがあります。自宅で、1人で講義を聞いているのではおもしろくないとも言えます。リアルな教室では講義の山場でざわめきが起こったり、友人が真剣にノートをとっている音が聞こえたり、時には咳払い、ため息も聞こえてきます。これについては、現在でもマイクを全員がONにすれば可能ですが、そうするとデーター量が増え、パフォーマンスが落ちます。しかし、この点についても、すでに企業のオンライン会議などで使われているグループウェアなどを応用することで克服できます。また、教員が大学の教室を使って発信する場合であれば、教室に用意された教材、実験器具、そして教員の顔など、十分に臨場感をともなった映像を共有することが可能です。
少人数のゼミについても触れておきます。学習効果の面だけから言えば、オンラインでも問題はありません。教員が「〇〇君元気ないね、今日は疲れているみたいだね」、ゼミ仲間が「先生、彼は先週失恋したのでしょげています」と合いの手を入れるなど、お互いに自由に発言できる環境が整えば、何ら問題ありません。むしろ、課題発表はリラックスして自信を持ってできます。狭いゼミ室で勉強している方がおかしいのです。
インターネットを利用したeラーニングには、学習の質の均一化やコスト削減ができる数多くのメリットがあることから、世界各国の高等教育機関で本格的に活用され始めています。日本でも01年の大学設置基準法改正(※2)によって、複数の大学で単位が取得可能な講義として取り入れられるようになってきました。
私はこのeラーニングと、それにともなうICT技術(グループウェアなど)の開発はコロナ後の世界で急速に拡大していくものと考えています。eラーニング関連の企業にとっては大きなビジネスチャンスとなるでしょう。
ICTを活用し医学・医療に対して情報学的にアプローチ
――先生は大学や看護学校で「医療情報学」を教えていますが、医療情報学とはどのようなものですか。
清水 医療情報学はICTを活用し、医学・医療に対して情報学的にアプローチする新しい分野の学問です。これまでは、紙で管理されていた情報(たとえばカルテ)をいかにしてコンピューター管理に置き換えていくかがテーマでしたが、今日ではこの目標は達成されつつあります。
X線写真画像をデジタル化して、CD-Rなどのメディアへの書き込みも行われています。これによって、白黒反転の表示や拡大することも容易になりました。新しい医療情報機器もどんどん生まれています。医療に情報システムが導入されることで、業務が効率化され、医療スタッフ間での診療情報の共有化が進み、チーム医療が推進され、医療安全にも寄与しています。
また、近年では,医療ビッグデータを活用した「根拠に基づく医療」(EBM:Evidence based Medicine)の重要性も広く認識されるようになりました。私はIBMが大きな病院にシステムを導入する際に、技術陣の1人としてサポート(研究・調査)した経験があり、そのときに勉強してこの分野の知識を身につけました。私が名桜大学や奄美大島の看護学校などで教えている対象は、主に看護師と診療情報管理士(※3)の皆さんです。
※1:企業や団体などの組織に属する人員のコミュニケーションを促し、業務の効率化を目的としたシステム。一般的には、グループウェアには「スケジュール管理」「ファイル」「会議室などの設備予約」「社員の連絡先」など、スムーズに業務を行うために大切な機能が搭載されている。今では、大半の企業がグループウェアを活用している。 ^
※2:国内の大学で eラーニングの本格的な導入が検討されるようになったきっかけは、01 年 3 月に行われた大学設置基準法改正である。この改正によって、双方向で対面講義した場合に相当する教育効果が得られるのなら、卒業に必要な 124 単位のうち 60 単位までを遠隔講義で取得することが可能になった。さらに01年に大学通信教育設置基準も改正。その結果、大学通信教育であれば124単位すべてをインターネットによる授業(eラーニング)によって取得することも可能となった。 ^
※3:診療記録と診療情報を適切に管理し、そこに含まれる情報を活用することにより、医療の安全管理、質の向上および病院の経営管理に寄与する専門的な職業。診療記録に含まれている情報は、診療の継続、医療従事者の研究、教育、病院経営など公衆衛生上重要なため、その価値を最大限発揮できるように公的な記録として管理することが必要とされている。 ^
(つづく)
<プロフィール>
清水 則之 氏(しみず・のりゆき)
公立大学法人名桜大学名誉教授、エドノール・インスティチュート代表。早稲田大学理工学部卒業後、1971年日本アイ・ビー・エム(株)入社。IBMシステムセンター、IBM東京基礎研究所、IBMヨーロッパネットワーク研究所(ドイツ・ハイデルベルグ)、IBMパロアルト研究所(アメリカ・シリコンバレー)に勤務。主に汎用コンピューター導入前テスト、ネットワークプロトコルの研究、金融系ネットワークシステムの構築などに従事。2003年から11年まで名桜大学教授。研究分野はネットワークプロトコル、ディスタンスラーニング、医療情報学。情報処理学会シニア会員。著者・訳書に『グループウェア』『インターネット電話ツールキット』など多数。関連キーワード
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