本社売却、史上最大の赤字・・・大きく揺れる電通(4)
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「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす 奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし、猛き者もついにほろびぬ、ひとへに風の前の塵におなじ」(平家物語)。
新型コロナウイルスの猛威に晒され、再び緊急事態宣言に揺れるなか、衝撃的なニュースが飛び込んできた。広告業界の巨人・電通グループが、ステータスシンボルとしてきた本社ビルを売却するというのだ。「猛き者もついにほろびぬ」。「電通王国」崩壊の鐘の声か。海外M&Aの「のれん」が屋台骨をへし折る
電通は2013年3月、英大手広告代理店イージス・グループを約4,000億円で買収した。電通にとって過去最大の買収額だ。
電通がイージスを買収したのは、12年2月に仏広告代理店のビュブリシスとの提携を解消して株式を譲渡したからだ。ビュブリシスは、「電通の天皇」成田豊氏が提携したことは前に述べた。電通の持ち株比率は11.3%にとどまり、満足の成果を出せなかった。09年3月期には、ビュブリシスの株式評価損511億円を計上して204億円の最終赤字に転落。結局、提携を解消した。ピュブリシスはその後、オムニコムと合併し、世界最大手の広告会社となっている。
ピュブリシスの提携を解消した電通はグローバル展開をあきらめなかった。そこでイージスを買収した。イージスは世界80カ国に拠点をもつ。東欧や中東、アフリカなど電通が手薄だった新興国のほか、欧米で幅広く展開しており、電通にとっては地域的な補完が可能と判断した。また、テレビ広告を中心にマスメディアが収益柱の電通に対して、イージスはデジタル領域に強く、事業分野でのシナジーも期待できるとの算段だ。
買収完了後、海外事業を統括する海外本社「電通イージス・ネットワーク社」に改組。電通の海外拠点としての機能が与えられ、これによりM&Aを加速。20年までの7年間に、世界の中小広告会社200社を傘下に収め、英WPPや米オムニコムなどにつぐ大手広告グループの一角を占める。海外売上高比率は12年3月期(日本基準)の13%から20年12月期は55%に高まった。「世界のDENTSU」に飛翔した。
「のれん」の日本会計基準と国際会計基準の違い
電通が4,000億円を投じたイージスの買収に対する株式市場の評価は厳しかった。のれん代は4,700億円規模になる見込み。日本会計基準に基づき20年償却して毎年240億円程度の減価償却負担費がのしかかる。一方、イージスの営業利益は180億円。その差分を埋めることができなければ、マイナス効果でしかない。
電通はこの難問をどう解いたか。15年3月期決算から、日本会計基準から国際会計基準に移行した(同時に決算月も3月から12月に変更)。
日本の会計基準では、「のれん」は基本的にコストとして理解されている。最長20年と長期にわたって少しずつ費用として落としていく。国際会計基準(IFRS)は、異なる考え方を採用している。「のれん」は資産という位置づけになっており、コストとは考えない。このため、買収した企業の経営状態が変わらなければ、費用として差し引くという処理は行わない。
その一方で、資産価値はリアルタイムで変動するという考えに基づいており、「のれん」の資産額は毎年精査される。「のれん」の価値が減少したと判断される場合には、その分だけ損失として計上する。
日本会計基準では毎年定額で償却するので、突然、巨額損失を計上されるという事態にはなりにくい。だが、IFRSの場合、毎年の償却を行わないので、業績が悪化したときに一気に損失が表面化する。IFRSを採用している企業の場合、業績のブレが大きくなる。
積極的にM&Aを行っている日本企業は毎年「のれん」の償却をしなくていいので、IFRSを採用しているが、突然、巨額損失を計上して、経営危機に陥るケースが後を絶たない。電通はまさにその典型であった。
19年期は736億円、20年期は1,447億円の「のれんの減損」
電通の連結決算で「のれん」が噴火したのは、2019年12月期決算からである。連結最終損益が808億円の赤字(前の期は903億円)に転落した。電通グループが最終赤字となるのは、仏広告大手ピュブリシスの株式評価損を計上した2009年3月期以来。営業損益は33億円の赤字(同609億円の黒字)で、営業赤字は上場後で初めてだ。
中国や豪州を含むAPAC地域において、「のれん」の減損損失を計上したことによる。豪州では大口顧客を失ったほか、中国では現地の広告会社との競争が激化した。「のれん」を含めた減損損失は736億円に上った。だが、これは経営悪化の入り口にすぎなかった。
2020年12月期の最終決算は、1,559億円という過去最大の赤字に沈んだ。赤字の最大の要因は、コロナ禍で世界の広告市場が悪化したことを受け、海外買収で膨らんだ「のれん」の減損を1,447億円計上したこと。
さらに、海外での事業統合や人員削減などの構造改革費用783億円も打撃となった。海外の従業員約4万7,000人のうち、約12%にあたる約6,000人を削減した。
足を引っ張ったのは海外のM&Aである。イージスの買収直後に買収した広告会社群だ。これらは、日本のマス広告のように、広告会社がメディアの枠を買って広告主に売るという旧来型の代理店ビジネス。19年に減損損失を計上したのも、同じ旧来型の広告会社だ。
電通が猛烈な勢いで突き進んだ海外の旧来型代理店ビジネスのM&Aは失敗に終わった。
(つづく)
【森村 和男】
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