【緊急寄稿/佐藤章】日本が立ち向かうべき「真の問題」 医系技官ヒエラルキーと特別会計の闇
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この国の真の問題~コロナ対策、安倍政権の蹉跌
第2次安倍政権以来8年間続いた自民党政権の下にいて満足を感じている国民はごく少数だろう。安倍晋三前首相や菅義偉現首相にかかわるスキャンダルを毎日のようにテレビや新聞などで見聞きして義憤にかられる国民も多いと思うが、それと併行して、あるいはそれらの疑惑以上に、本来真正面から取り組むべきこの国の真の問題に取り組もうとしない自民党政権に嫌気がさしている良識のある国民は数多いと思われる。
逆にいえば「この国の真の問題」に真正面から取り組むことこそ現代日本の政党、政治家に課せられた正真正銘の政治的使命であり、政権奪取を考える野党勢力にとってはここにこそ政権への道を切り拓くカギがある。
では、「この国の真の問題」とは何か。私は大きい問題が2つあると思う。喫緊の問題から挙げてみよう。
1つ目はいうまでもなく新型コロナウイルス対策だ。この問題を考えるにあたって、まずは自民党が昨春から続けてきた「対策」と称する数々の愚行を振り返ってみよう。中国・重慶から発したコロナウイルスの問題が盛んに報道され始めた昨年1月から2月にかけて、当時の安倍首相は最初の失策をやってのけた。在北京大使館の中国国内向けPR動画で、「春節にはぜひ日本に遊びに来ていただきたい」と来日歓迎を訴えたのだ。
その後日本のテレビでも紹介されていたが、この動画などを受けて中国から人々が数多く来日し、「ウイルスから逃れるためにやって来ました」と心持ち声を落として語る来日中国人の姿も映し出されていた。
安倍前首相がこのような動画を在北京大使館に不用意に出した背景には、自らの政権を利するために国家主席・習近平の来日歓迎を演出することと、昨年7月に準備されていた東京オリンピック・パラリンピックの祝典ムードを盛り上げることの2つの目的があった。
世界的パンデミック状況となる疫病ウイルスの襲来という地球規模の巨大な自然現象を甘く見積もった自民党政権の最初の象徴的な失政だったが、自然の猛威や科学の知見を軽く見る自民党のこの体質、姿勢は実のところ現在も変わっていない。
医系技官ヒエラルキーが妨げるPCR検査
コロナウイルス対策として必要なことは第一に「PCR検査」である。そして第二に、検査を受けた後の陽性者の「隔離」であり、第三に「医療体制の再構築」である。しかし、安倍前首相の在北京大使館動画の失策がテレビなどで報道され始めた昨年春ごろ、同じニュース番組のなかで司会者の多くはこんなことを言い募っていた。
――PCR検査をやり過ぎると軽症者や無症状者も入院させることになり、医療崩壊を起こす恐れがあるから、日本ではPCR検査はそれほど多くやらずにクラスター対策という日本独自の対策で乗り切ろうとしています――
厚生労働省が打ち出した「対策」と称するこの誤ったやり方がいかに無残な結果を生んだか、時日を経た現在ではほとんどの国民が知っている。現在、神奈川県を皮切りに全国の自治体はクラスター対策をほとんど放棄し、反対に、民間のPCR検査はかなりの廉価で受けられるようになっている。
日本以外の国では、コロナウイルス対策の基本であるPCR検査は国の補助によってほとんど無料で受けられる体制を早くから取っているが、驚くべきことに日本ではいまだにこの体制さえ取られていない。冷静にストレートに考えればすぐにわかることだが、病気にかかったか、かかっていないかは検査してみなければわからない。つまり、検査しなければ何ひとつ始まらないということだ。
検査したところでコロナは治療できないという謬見を言う人もいまだにいるが、検査の目的はその後に控える「隔離」のためにある。陽性者を隔離しなければコロナウイルスは抑圧できない。個人的な治療云々の問題ではなく、ウイルスに弱い高齢者などを社会全体で守っていくという観点から「検査と隔離」という基本対策が欠かせないのだ。
私は記事や動画などで何度も指摘しているが、PCR検査が「目詰まり」して増えない最大の原因は保健所の存在にある。
厚労省を実質的に支配している医系技官は独自のヒエラルキーを形成しており、その重要な最終ポストの1つが保健所長である。ところが、保健所は常に行政改革の対象に挙げられており、医系技官の人事ヒエラルキーにとっては最大の心配事だ。しかし、コロナウイルスのような疫病流行は逆に「神風」にもなりうる。保健所の必要性が社会的に再認識されるからだ。
このために、今回のコロナウイルスの流行にあたって医系技官たちはPCR検査の中心部分に保健所をもってきた。検査を受けたい人は必ず保健所に連絡しなければならない。保健所長以外の一線の保健所員は昼夜を問わずフル回転の日々を送ることになった。だが、それでも、本来検査が必要な人たちが数多く検査を受けられず、自宅の布団の上に放置され、中には死を迎える人たちも少なからず存在した。
世界的な疫病の前にキャパシティーの小さい保健所をもってくるのは完全に間違った政策だった。このために医系技官たちは何とかPCR検査を少なくしようと考え、「PCR検査を抑制する」という「日本独自」の対策を考え付いた。
医系技官のヒエラルキーや保健所がPCR検査の拡充を妨げているという問題は、世界のなかで日本だけの問題である。本来であれば、日本の政治家はこのことにいち早く気が付き、医系技官の問題をすぐに解決しなければならなかった。保健所は当面行政改革の対象にはしないという確約を与えたうえで保健所をPCR検査の体制から外し、PCR検査を大増強しなければならなかった。さらにいえば、医系技官と民間のウイルス研究者との融合体制をはかるべきだっただろう。
しかし、現実の安倍政権はそのような問題にはまったく思い至らず、当の安倍前首相は「PCR検査を拡充するよう指示しているが、どこで目詰まりしているのか、まったくわからない」と言い出す始末だった。そして、現在の菅首相本人もその周辺も問題の所在にまったく気が付いていない。周囲にいる医系技官たちは知っているだろうが、菅首相たちに問題意識が存在しないために、この問題が解決する望みはまったくない。
第三波、第四波は必至~野党は存在感を示せるか
ワクチン接種がようやく始まったが、供給体制の問題から、それほど大きな希望はかけられない可能性が大きくなってきた。そのときに立ち返るべき原点は、「検査と隔離」であり、自民党がこのことにほとんど思い至らない現在、野党が代わってこの原点を追求する必要がある。現在の世界的なワクチン争奪戦を考えれば、今年ワクチン接種に多くの期待をかけられないことは容易に想像される。そのとき、コロナウイルス対策として、原点の「検査と隔離」を改めて打ち出し、その具体的な手法を訴えれば必ず国民はその政策を支持するだろう。自民党がそこに思い至らない現在、野党は日本の政治勢力としてむしろ最も重要な政治的使命と心得るべきだ。
コロナウイルスは実は季節要因で大きく変化する。普通の風邪を思い描いていただきたい。まず冬に大きい波を迎え、夏になると次の流行となる。昨年の動きからしても、この季節要因が大きく働いていることがわかる。これはいちジャーナリストの私の臆見ではなく、専門家である医療ガバナンス研究所理事長・上昌広氏の分析である。
このために、今後第三、第四の緊急事態宣言が必要になってくる事態が十分考えられる。そのときに政治的問題となってくるのは補償とその財源の問題である。もとより補償は十分なものでなければならず、そのための財政問題も十分練っておかなければならない。この財政問題を考えれば、野党勢力にとってはむしろ好機と捉えるべき話かもしれない。
伏魔殿「虎ノ門村」の闇~特別会計400兆円のカラクリ
ここで「この国の真の問題」の2つ目に話を移そう。財政問題の裏には、この国の政治経済分野において実に巨大な問題が横たわっている。それは、政府予算のなかの「特別会計」の問題である。
政府予算には、大きく分類して一般会計と特別会計の2つがある。予算案として毎年大きく報じられるのはこのうち一般会計の方で、特別会計はほとんど報じられない。しかし、その規模は一般会計が約100兆円なのに対して特別会計は何とその4倍の400兆円なのだ。
ほとんど報じられないのには理由がある。実態がほとんどわからないからだ。記者もわからず、財政学者もよくわかっていない。まず、全部で13ある特別会計相互や、特別会計と一般会計間のやり取りが入り組んでいて、資金の追跡が難しい。そのうえに国債の借り換えのための特別会計もあり、実態がつかみにくい。このために財務省は特別会計の資金はざっと200兆円と公式に説明している。
しかし、一般会計の他に200兆円もの資金が日本に存在することは事実だ。この200兆円はどのように使われているのだろうか。「特別会計は霞が関官僚の隠しポケット」ともいわれるが、その実態はどのようなものだろうか。
日本には霞が関の官庁の先に33の特殊法人があり、その特殊法人の先にはさらに何千ともいわれるファミリー企業がぶら下がっている。これらは東京・虎ノ門に多く存在することから「虎ノ門村」とも呼ばれる。各官庁では、同期で最後にたった1人が事務次官として生き残る次官レースが繰り広げられている。このレースから脱落した官僚が毎年虎ノ門村に落ちていく。特殊法人やファミリー企業に吸収されていくのだが、その生涯給与の手当てをするのが、各官庁が持つ特別会計なのだ。
「財源はいくらでもある」小沢一郎氏
この実態については確かにあまり知られていないが、日本の政界のなかでただ1人、熟知している政治家が存在する。立憲民主党に所属する小沢一郎氏だ。
私は、最近著の『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)において小沢氏に計13時間ものロングインタビューをしたが、そのなかで氏はこう語っていた。
「財源は実はいくらでもあるんだ。財源がないとマスコミが言うのはいいけど、政治家が言うのはだめなんだ。いま自民党政権はどんどん使っているだろう。お金は天下の回りものという面がある。だから、お金は特別会計に入ってしまって相当眠っているだろう。私がそういうことを知っているものだから、財務省の役人は私の前ではお金がありませんとか絶対に言わない」
天下りの伏魔殿といわれる「虎ノ門村」の実態やマクロ的な状況、どのように改革していくかという問題解決策まで小沢氏は考えている。そのポイントの一部を私の著書から少し引用してみよう。
――小沢さんは、そういう実態をかなり深くご存じのわけですよね。
小沢 はい、知っています。改革はできますよ。ただ、そこで給料をもらっている人がいるわけだから、すぐに辞めてくれとは言えないんです。だから、改革を一回、どんとやることが必要です。官僚だって生活があるわけですから、ただ天下りが駄目だと言うだけでは解決しません。
きちんと恩給をつけなければいけないんですよ。イギリスが典型ですが、ドイツでもフランスでも官僚の恩給は高いんです。だけど、金品をもらっての天下りは駄目だというようになっている。
恩給をつけてあげた方が、天下りを放置しているよりも国民にとってもはるかに負担が少なくて済みます。だから、欧州では恩給をもらうわけだから、再就職のことなんか全然心配しないでボランティアでいろいろなことをやるわけですよ。(略)ぼくは、そういうことを役人に話すんです。話してきたんです。すると、官僚も「ああ、そういうようにしていただけるなら結構なことです」「天下りなんかする必要はありませんから、そうしていただきたい」と喜んで言います。
――それはもう、完全な「虎ノ門」改革になりますよね。「虎ノ門」には特殊法人やファミリー企業がたくさんありますが、そういうものは小沢さんの頭の中に入ってるんですか。
小沢 ぼくはいろいろなところを調べたりしていますが、全部頭の中にインプットしています。そうした改革をしたら、官僚はみんな喜ぶと思いますよ。(略)ぼくと付き合っている優秀な官僚はみんなOKと言っていました。
小沢氏を財政改革問題の中核に
小沢氏のこれらの言葉のなかに、特別会計改革のかなり重要な要諦が入っている。特別会計を改革すればすべての財政問題が解決するというわけではないが、かなりの部分は解決に向かうだろう。そして、そのことを一から十まで知り尽くしている政治家が野党勢力のなかに存在する。
枝野幸男・立憲民主党代表をはじめとする野党勢力の幹部たちは、このことをよく考えなければならない。小沢氏を財政改革問題の中核に据えて、日本の政治経済最大の懸案の1つである特別会計改革に当たらせるべきだ。
この改革は、実をいえば野党にとって最大の好機であるばかりか、日本国民にとっても大きな好機となる。当然ながら、言うは易く行うは難いのがこのような巨大な改革問題だが、小沢氏が野党勢力の中にいるという歴史的幸運を生かさない手はない。逆にいえば、この千載一遇の幸運を生かさなければ、現在の野党勢力幹部はその歴史的判断の過ちを後々までも記録されるだろう。
【ジャーナリスト/佐藤 章】
<プロフィール>
佐藤 章(さとう・あきら)
元朝日新聞記者。五月書房新社・編集委員長。36年間勤めた朝日新聞社では経済部や『AERA』『週刊朝日』『月刊Journalism』で記事を執筆。近著に『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)。他に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など関連キーワード
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