JT、あるいは「列強」の迷夢(2)
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ライター 黒川 晶
グローバリズムに乗せられる〜M&A戦略
1985年4月の設立直後から、プラザ合意による円高進行と輸入たばこの関税撤廃(87年)による国内シェアの急低下に直面、さらにはその後、バブル崩壊と健康志向の高まりによるたばこ離れの風潮まで加わった上、ジリ貧を脱するために事業の多角化を試みるもことごとく失敗した日本たばこ産業(JT)が、新自由主義の台頭と国内の規制緩和の動きを追い風に、積極的にクロスボーダーM&A(国内企業と海外企業のM&A)を進めていったことは周知の通りである。
99年の米RJRナビスコの海外たばこ事業「RJRI」買収(77億9,000万ドル(9,420億円))と2007年の英ギャラハー買収(約75億ポンド(約1兆7,800億円)は、当時史上最大規模の買収として大きな話題を呼んだ。ここ10年はターゲットを新興国に移し、怒涛の勢いで買収・資本提携を加速させている。ハガー(スーダン、11年)、ナラハ(エジプト、13年)、フラクソ(ブラジル、15年)、ラ・タバカレラ(ドミニカ共和国、16年)、レイノルズ・アメリカン(米国、16年)、マイティー(フィリピン、17年)、カリヤディビア・マハディカ(インドネシア、17年)、ナショナル・タバコ・エンタープライズ(エチオピア、17年)、ドンスコイ・タバック(ロシア、18年)、アキジグループ(バングラデシュ、18年)などだ。
こうしたM&A戦略は、たしかに、極東の小さな島国のドメスティックな1企業を世界市場シェア第3位の大企業に成長させた。「シナジー効果」(複数の企業が連携したり共同で運営を行ったりすることで、単独で行動するよりも大きな結果を出すこと)の追求や、「進駐軍」にならぬよう買収先企業の経営陣に事業運営を任せるという独自の買収後経営ガバナンスが功を奏し、その地位を揺るぎないものにしたと賞賛する向きもある。しかし、あえて身も蓋もない言い方をするなら、もはや自身の手で輸出拠点を構築し売上を伸ばすことができなくなった企業が、カネに物を言わせて、世界の同業者のブランド、人財、工場や営業拠点などのインフラを丸ごと乗っ取ってしまおうという手に出ただけの話ではないかともいえる。
加えて、成長産業のインフラではなく旧来の、それも03年採択の「WHOたばこ規制枠組み条約(FCTC)」以来、健康を害する製品として年を追うごとに風あたりの強まる事業を、たっぷりプレミアムを上乗せして買い込んでいったのだ。その「のれん」代はいまや、自己資本を優に超える2兆円にまで積み上がっている。JTは12年から国際会計基準(IFRS)――「のれん」を定期的に一定割合で減価償却していくのではなく、減損の必要があるとき、つまり買収先から期待した投資額を回収できなくなったときに「特別損失」として直ちに減損処理する方式――を適用している。一方、米原発メーカーのウェスティングハウスを29.3億ドル(約3,500億円)ものプレミアムをつけて買収した東芝の、福島原発事故後にたどった道が頭をよぎる。
事業が成長を続けるなら、そうした「のれん」のリスクが顕在化することもあるまいが、紙巻たばこはフィリップ・モリスもそうそうと撤退を表明している部門である。今のところ先進国市場の減収を埋め合わせる収益をもたらしている新興国市場も、(このたびロシア市場でそうであったように)たばこ規制強化や通貨安、さらには訴訟リスク、反グローバリズムの高まりなどで、今後はどうなるかわからない。
かつて、RJRIとギャラハーの2つの大型買収を主導した元JT代表取締役副社長兼副CEOの新貝康司氏は、『JTのM&A 日本企業が世界企業に飛躍する教科書』(日経BP社、2015年)のなかで、JTの戦略は(買収先企業がグローバル人材を育てるために費やした)「時間を買うM&A」などと武勇伝のように語っているが、買った「時間」はさしずめ、「のれん」といういつ爆発するかわからない時限爆弾の、「(起爆までの)時間」だったというわけだ。この観点からすれば、JTは「M&A巧者」などとおだてられながら、早晩負債と化す部門をグローバリストらにまんまと売りつけられただけとも評しうる。
(つづく)
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