【北九州】小倉ニューシネマパラダイス 希望灯る小倉昭和館
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1939年開設、小倉で80年の歴史を刻む
シネマコンプレックス(複合映画館)全盛の時代に、福岡県内最古の単館系映画館として個人経営の灯をともし続ける「小倉昭和館」=北九州市小倉北区魚町=は今秋、北九州ゆかりの作家の原作による映画20本を5週間にわたり上映する〈アートシネマ〉を開催する。近年、さまざまな映画のロケが行われる「映画の街・北九州」で、80年以上の歴史を誇る老舗映画館がその健在ぶりを示す。今月、機運を盛り上げるプレイベントを始めた。
市が開催中の事業「東アジア文化都市北九州」の一環。今月のプレイベントは「松本清張VS川端康成」と題して、清張原作『天城越え』(1983年)と川端原作『伊豆の踊子』(63年)を2本立てで上映し、評論家の川本三郎さんと北九州市立文学館長の今川英子さんによるトークショーを実施した。清張は『天城越え』の舞台を『伊豆の踊子』と同じ大正時代の静岡県・伊豆半島に設定するなど川端作品を意識していたとされる。「古い映画ファンは懐かしいでしょうが、意外に若い人も多く、楽しんでいただきました。大きなスクリーンを前に、まったく知らない人と感動を共有できる、そんな映画館の良さを若い人に知ってもらえたらうれしいですね」。3代目館主、樋口智巳さん(60)はそう語る。
小倉昭和館は1939(昭和14)年、樋口さんの祖父、樋口勇さんが映画館兼芝居小屋として開設した。この年、ヨーロッパではドイツがポーランドに侵攻し第二次世界大戦が勃発。日本でも軍靴の音が高まる時代にあって、勇さんは「人の喜ぶ顔が見たい」という思いで事業を興したという。今もスクリーン前に残るステージには、片岡千恵蔵や阪東妻三郎ら往年の大スターが登場し、人々の拍手と歓声があふれた。
そして終戦。戦後復興とともに昭和30年代、映画は最盛期を迎え、北九州地区にも113館の映画館があり、小倉昭和館も3つの姉妹館を擁した。門司市、小倉市、八幡市、戸畑市、若松市の5市が合併して北九州市が誕生。百万都市としての歩みを始め、高度成長のなか人々の胸には希望の光がともった。が、映画産業は逆に昭和40年代に入り、家庭に普及したテレビに娯楽の座を奪われ斜陽化。小倉昭和館も姉妹館3館を閉館し、本体の1、2号館のみの運営となった。
高倉健さんからの激励の手紙も
映画館の隆盛と衰退の両方を体験した樋口さんの父昭正さんは1、2号館ともに2本立て上映に踏み切るなど懸命に存続を図った。平成の時代には人気アニメ作品などに恵まれ昭和30年代以来の観客動員を記録したこともあったが、老朽化した館内の改装などの経費がかさみ、さらにシネマコンプレックスの台頭などもあって経営状況はなかなか上向かなかった。2012年に3代目館主に就任した樋口さんは当初、この老舗映画館を自分の代で閉館する覚悟だったという。
「斜陽の時も館を守ってきた父の代で潰したくはなかったんです。祖父がつくり、父が守って、3代目が潰した。その役目を引き受けようと思っていました。でも、多くの人が支えてくださいました。それと、やはり私も人々が映画を見て喜ぶ顔が好きなんですね。来ていただける限りは続けていこうと決意しました」
“多くの人の支え”のなかには、小倉を訪れた際に樋口さんがアテンド役を務めた女優の有馬稲子さんに「昭和館は、あなたが頑張らなくちゃだめよ」と励まされたことや、映画『あなたへ』のロケで北九州を訪れた高倉健さんの激励があるという。高倉さんはロケ地へ駆けつけた樋口さんに「昭和館、もちろん知っていますよ。がんばってください」と言ってくれた。さらにその後、樋口さんが出した手紙への返信には「どうぞ日々生かされている感謝を忘れず、自分にうそのない、充実した時間を過ごされてください」と綴られていたという。
家族への動画メッセージ上映も~貸館事業が好評
そうした声に背中を押されるように、樋口さんは次々に小倉昭和館存続のための新機軸を打ち出していった。父の代からの2本立て上映を基本に、仲代達矢さんら大御所俳優をはじめリリー・フランキーさん、光石研さんら北九州市出身の俳優、作家の村田喜代子さんら多彩なゲストを招いてのトークイベント、朝まで映画と幕間のライブを楽しむオールナイト上映などを展開。休館日(火曜日)や日曜日の貸館も好評で、若者が恋人への誕生日のプレゼントにと自作の映像を流したり、銀婚式を迎えた父母へのメッセージを家族が上映したりと、さまざまに活用されている。
コロナ禍のなか、小倉昭和館も約40日間の休館を余儀なくされた。今も座席は1つ空き、入館時には体温測定と手指の消毒をするなどしているが、当然、通常よりも客の入りは少ない。厳しい経営状況のなかでさらなる打撃を受けたが、うれしいこともあった。北九州市民文化賞を受賞した光石研さんが副賞30万円を小倉昭和館に寄付。これに来館者からの義援金を合わせて昨年、2人掛けのソファ席「光石研シート」(計12席)を新設した。ゆったりと座って映画を楽しみたい人たちに愛用されている。現在進行中の「アートシネマ」プレイベントは、俳優や監督のトークショーなどのほか、主演俳優が違う同名映画を上映するなどさまざまな企画を予定している。
樋口さんは言う。「今、いろいろな業種の人たちがコロナで苦しんでいる。それは映画館も同じです。どうぞ、小倉昭和館が扉を開けていることを希望にしていただきたい。旅に出たくても出られない、でもスクリーンでなら見ることができる。祖父の代から人々の笑顔を励みに映画館を続けてきました。これからも映画のある豊かな人生を送っていただきたいと思っています」。
【山下 誠吾】
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