新型コロナウィルス対策の裏で進む人工知能による監視システム(後)
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国際政治経済学者 浜田 和幸
こうした先端技術の開発はアメリカや中国に限ったものではない。たとえば、サウジアラビアのキング・アブドラ科学技術大学では手の動きや目の瞬きでドアの開閉をリモート・コントロールする磁気スキンを開発している。これは超軽量でフレキシブルなスキンを磁気センサーと連動させることで、手、指先、瞼に着けてリモート操作が可能になる。バッテリー、ワイヤー、電気チップ、アンテナなど一切不要という。麻痺患者や居眠り防止には効果的との期待が高まっている。
また、エジプトでは刑務所に収監中の犯罪者が急増し、刑務所内の密集が深刻化している。監視要員の負担や経費の増加、はたまた感染症の拡散の予防ニーズに対応するため、危険度の低い、保護観察下の囚人の場合には電子ブレスレットを装着させて刑務所外での生活を認める法案審議が始まった。中東・北アフリカ地域では40カ国以上で同様の措置が実施中である。世界では35万人以上が同種のブレスレットを装着している。高性能プラスティックとチタニウム製であり、もし外そうとしたり、壊そうとすると内蔵センサーが即座に警察に通報する仕掛けである。もちろん装着者の居場所はサテライトナビで24時間、把握されている。
アメリカでは裁判待ちの被告人の行動監視にも使われている。現在、カナダで監視下に置かれている「ファーウェイ」の孟晩舟副会長の足首にも装着されていることはよく知られている。これは逃亡防止が目的だが、「アマゾン」ではリストバンドを使って社員の行動を監視し、さぼっていた場合にはバイブレーション機能が作動する特許を取得し、実際に現場で使用されているようだ。
以上見てきたように、世界ではコロナ危機の背後でAIを使ったパンデミックの予知や感染症が拡大した際の予防としての行動監視アプリの研究や実戦配備が急ピッチで進んでいるわけだ。その観点でいえば、レイ・カッツウェル氏の未来予測は大いに注目に値しよう。同氏は「Google」のエンジニアリング部門の責任者で、世界的に著名な未来学者である。
同氏は自らが「永遠の命を目指す」と豪語し、さまざまな延命長寿用のサプリメントを服用すると同時に、亡くなった父親をアバターとして蘇生させる計画を推進中である。同氏によれば、「AIは2029年に大転換期を迎える」。その年までに「コンピュータは人間の知性を超える」というわけで、有名な「シンギュラリティ2045年」説の原点である。カッツウェル博士に言わせれば、「そこに向かってプロセスは始まっている」とのこと。
実は、「ソフトバンク」の孫正義氏も同様な考えを抱いているようだ。ただし、孫氏は「シンギュラリティは2047年」と予測している。そのときには、人間の脳はクラウドと接続し、人間の能力は飛躍的に進化する。2年の違いはあるが、20年ほどで、人類の歴史が大きく変わる状況が生まれることに関しては両者の見方は一致している。脳とマシーンの一体化によって、ロボットとの会話も人間同士のコミュニケーションもテレパシーで可能となる。そんなSFチックな時代が間近に迫っているわけだ。
それ以外にも、消費者向けには多様なウェアラブルやインプラントが用意されている。たとえば、脳や目の動きを監視するメガネ。マサチューセッツ工科大学が開発したもので、学校での生徒の行動や運転中のドライバーに注意を喚起するのが狙いである。また、インプラントセンサーの進化も目覚ましく、最新の細胞内バイオセンサーでは既存のウェアラブルより精度の高い分析が可能で、ブドウ糖、塩分、アルコールの消費量を分析し、体調管理をサポートしてくれる。
2017年、アメリカではビデオカメラとワイヤレス機能付きの眼科レンズに特許が承認された。聴覚支援であるが、行動監視にも有益とされる。また、健康追跡装置の進化も目覚ましい。ブレスレット、時計、指輪、スマホアプリは心臓機能、睡眠パターン、アルコール摂取量など、あらゆる行動データを収集、分析してくれる。極めつきは頭に装着する脳神経把握帽子であろう。これを頭に付ければ、電子シグナルで脳神経を刺激し、脳の活性化を図ると同時に慢性的な痛み、精神的落ち込み、注意散漫、PTSD症候群の緩和にも効果があるとのこと。
要は、人間の進化の次の段階はサイボーグ化という近未来予測である。30年代までには体内に健康管理デバイスやマシーンが装着されるのは当たり前。思考を司る脳の一部である新たな外皮をクラウドと接続させれば、人間の能力は飛躍的に伸びるという。新たな外皮のお蔭で、「人はより楽しい存在になり、音楽やアートに長けるようになり、よりセクシーになる」というのが、うたい文句である。
現在もパーキンソン病の患者は脳内にコンピューターを埋め込み、治療に活用されている。30年代には脳内に埋め込んだチップで記憶力は飛躍的に向上するという。コロナウィルスの感染に関する報道が多いが、実は、その裏で、我々の行動や生命そのものを大きく変えるような科学的な試みが深く静かに進行しているのである。はたして、そのような近未来は本当に実現するのだろうか。現実のものとなる前に、そうした近未来が本当に望ましいものか、自らの頭で考え、想像してみることが必要であろう。45年はすぐにやって来る。
(了)
<プロフィール>
浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。関連キーワード
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