コロナで閉館したホテルを買収した地元企業家の狙いとは?~清月屋敷
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先日、ある知り合いに久しぶりに連絡したところ、「昨年ホテルを買った」という話になった。ある知り合いというのは、徳島県内でいくつかの会社を営む川村源三氏という企業家だ。源三氏は取材には寛容だが、顔出しはNGである。
源三氏はこれまでにいろいろな業態の会社を経営してきたが、ホテル経営は初めてのはずだ。「ずいぶん思い切った買い物をしたね」と水を向けると、「火の車は覚悟のうえ。燃え上がった火のなかに飛び込んで、中から火を消している気分。いわば捨て身の戦術だ」と本気とも冗談ともつかないことを言った。
「相変わらず、つかみどころがない」と呆れたが、積もる話もあるので、源三氏と会うついでにその買ったホテル、「清月屋敷」を取材することにした。
「地域の憩いの場」がなくなるのはもったいない
源三氏が買ったホテルというのは、徳島県北西部に位置する美馬市内の小高い丘の上にある。眼下に吉野川を一望できる眺望が売りのホテルだ。
このホテルはもともと、1990年に国民年金健康保養センター「グリーンヒルあなぶき」としてオープンした。大浴場や会議室を備えた宿泊施設のほか、テニスコートやゲートボール場なども完備する施設だった。
2007年、ネット通販などを手がける(有)油甚(本店:大阪府貝塚市)が新オーナーとなり、割烹ホテル「油屋 美馬館」としてリニューアルオープン。お抱えの料理人による地元の旬の食材をふんだんに使った会席料理などを取りそろえ、観光客やビジネス客から好評を得て、なかなか繁盛していたらしい。
ところが、コロナ禍がホテル経営を直撃。20年5月、あえなく閉館に追い込まれる。「『地域の憩いの場』がなくなってしまうのはもったいない」ということで、20年10月、源三氏がホテル買収に乗り出した。
買収費用は、改修費用などもろもろ込みで数億円(正確な金額は不明)。資金は複数の銀行から借り入れた。充実した施設を考えれば安いが、コロナ禍での資金回収を考えると、かなりリスキーな買い物というところだ。
21年3月再スタートも「赤字垂れ流し」
ホテル再開に際し、ホテルを法人化し、名前を「清月屋敷」に改称。支配人には元バーテンダーで、美容師、葬祭ディレクターという経歴をもつ黒川善史氏を抜擢。ホテルスタッフは「少数精鋭」のスローガンの下、5名(今年7月時点)に絞った。今年3月、そんなギリギリの運営体制の下、ホテルとして再スタートをはたした。
買収から半年のリニューアル期間を経て、3月にホテルがオープン。客室は和室・洋室など全20室で、大浴場を備える。駐車場は普通車60台、大型バス1台を確保。テニスコート(4面)も利用できるようにした。大阪など県外からの宿泊者が訪れたり、土日にテニスコートが賑わったり、地元法人会が総会のため会議室を利用したり、単発的な利用はあるが、全体を通してみると低調な日々が続いている。
というのも、やっと予約が入ったと思ったら、政府がなんたら宣言やら、うんたら措置を発するたびに、すべてが吹き飛ぶという状況下にあるためだ。光熱費など固定費をギリギリまで削っているが、利用客が増えない以上、「赤字垂れ流し状態」(源三氏)からなかなか抜け出せないでいるわけだ。
何とかテコ入れしようと、空いたスペースにオートキャンプ場を整備し、7月からオープンさせたが、今のところ反応は芳しくないようだ。「コロナ禍による低迷は今が底だ」(源三氏)と指摘する。
人生のターニングポイント、最後の挑戦
ここで支配人である黒川善史氏を紹介したい。
黒川氏は美容師、葬祭ディレクター、バーテンダー、某法人営業職など多彩な職歴をもつが、ホテル業は初めてだ。源三氏から「ホテルの支配人を探している」という話を聞いているうちに、「僕がやる」と手を挙げた。
その理由は「とにかく大きな仕事をしたかったから」。転身の決断は「自分にとって人生のターニングポイント、最後の挑戦だった」と振り返る。今回の転身について、家族からの反対はとくになかったという。
支配人といってもそこは少数精鋭。支配人自ら客を出迎えるほか、フロント業務、カフェ(夜はバー)の給仕、草取りなどもやる。「今はやれることは全部やっている状態」(黒川氏)と苦笑い。
「率先垂範」はリーダーたるものの必須条件だが、「人に任せる」のもリーダーの重要な仕事だ。誰に何を任せるか。それが支配人として当面の仕事になりそうだ。ホテルの将来について尋ねると、「何年かかるかわからないが、気軽に立ち寄れる場所として、再び皆さまから愛される場所にしたい」と力を込めた。
目の前の問題を改善し物事を動かすのが「企業家」
清月屋敷でユニークなのが、自前の料理人を雇わず、料理を地元の仕出し屋から提供してもらう点だ。もちろんコストカットの狙いもあるだろうが、もうちょっと踏み込んだ意図もあるようだ。
源三氏は「コロナで疲弊しているのは、周りの仕出し屋さんも同じ。周りの商売も支えるのが僕の経営方針。企業家として、目の前にある問題を改善して、物事をどれだけ動かせるか。業態がなんであれ、この点に尽きる」と言い切った。
この発言の真意をちゃんと理解できたわけではないが、今回の買収劇には、彼なりのビジョン、セオリーがちゃんとあることがうかがえて、なんとなくホッとした。具体的なプロセスはともかく、いずれ良い結果が出るに違いないと。次に会うとき、彼の口からどのような意表を突いた言葉が飛び出すことやら。そんな期待とも不安ともつかない気持ちを胸に、笑顔で源三氏を見送り、久しぶりの再会を終えた。
【フリーランスライター 大石 恭正】
<COMPANY INFORMATION>
(株)清月屋敷(せいげつやしき)
館 長:川村 源三
支配人:黒川 善史
所在地:徳島県美馬市穴吹町穴吹市ノ下100-6
設 立:2020年9月
資本金:2,000万円
TEL:0883−53−7733
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