2024年12月23日( 月 )

ノン・ズーを夢みて~北九州・到津の森から(5)

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 「動物を見せる時代は終わった」「これからはノン・ズーだ」――。そう公言し、少しずつ実践するのは、北九州市小倉北区の「到津の森公園」園長、岩野俊郎氏(72)。ノン・ズーとは動物園にあらず、あるいは動物園という概念にとらわれない、動物園ではない動物園……と表現するほかないが、ヨーロッパやアメリカでは主流になりつつある考え方だという。緑あふれる同公園を歩きながら、動物たちを眺めつつ、その主張に耳を傾けた。

 「到津の森公園」は市民が支える公園だ。動物サポーター、友の会、基金の各会員は合わせて約2,800の個人・法人に上り、寄せられる寄付金、支援金は年間計2,700万円を超える。また、小学生がバックヤードツアーなどで動物や自然について学ぶ「林間学園」は1937年から実施され、これまで約7万3,000人が“卒園”している。

   岩野 こうした日ごろの支援に加え、到津遊園の存続運動の際には市民の4分の1超が署名してくださいました。他の動物園から不思議がられますが、北九州の市民性なのだと思います。八幡製鐵所ができたときに、大分や鹿児島など他県からも人が入ってきました。人が寄り集まって、物を貸し借りしたり、譲り合ったり、「困ったときは言って」という長屋文化ができたのではないかと思います。

 多額の寄付をしてくださる人もいます。鍼灸師の老婦人が一生懸命に貯金した100万円を動物たちの餌代にともってきてくれたことがあります。また、病院の先生が亡くなって、ご子息らが香典約400万円をくださったこともあります。先生の遺言は「私が死んだら香典は全部、到津に贈れ。お前たちはみんな到津で大きくなったのだから」というものだったようです。私たちは本当に恵まれた土地で動物園を運営させてもらっています。

市街地に隣接し、市民に親しまれてきた到津の森公園。新たな道を模索し続ける
市街地に隣接し、市民に親しまれてきた到津の森公園。新たな道を模索し続ける
フナやアメンボが自生する池のほとりに立つ岩野園長
フナやアメンボが自生する池のほとりに立つ岩野園長

 ――エントランス近くに大きな池がありますね。何を飼っているのですか。

 岩野 何も飼ってはいないのです。でも、フナやアメンボがいますね。周りに木があるので鳥が訪れますが、そのときにいろいろな生き物の卵を体にくっつけて来るのです。私たちが何もしないのに豊かな池になっています。テーブルと椅子を置いて、夜はライトアップするため、池を眺めながら涼んでいる人もいます。

 ――これも1つのノン・ズーですね。

 岩野 これからの動物園は動物がたくさんいればいいというわけではないという意識で運営しています。なにもウチでやっていることがすべて正しいというつもりはありません。こういう考え方もあるという1つの投げかけです。

 地球の環境は、少なくとも野生動物に関してはこの50年で相当に悪化しています。それにもかかわらず、まだ動物を売買したり、見せ物にしたりしていいのかという議論があり、日本は少々遅れています。動物園の究極の目標の1つに、自然界にいなくなってしまった動物を供給することがありますが、今までのやり方では無理ではないでしょうか。サスティナブル・ディベロップメント・ゴールズ(SDGs=持続可能な開発目標)というのはいい標語で、これを目標にした教育施設がこれからの動物園の在り方だと思います。

市民が支える動物園。人気のゾウ舎前は家族連れでいっぱい
市民が支える動物園。人気のゾウ舎前は家族連れでいっぱい

 ――岩野園長はこの公園内に幼稚園・保育園をつくりたいと話していますね。

 岩野 従業員に子どもができたときに、園内に保育園があればいいねと考えたのが最初です。安全で、街の真ん中で便利な上に、動物もおり、従業員だけでなく近隣住民が利用してもいいと思います。問題を難しくしているのは日本の縦割り行政で、保育園、幼稚園、動物園、それぞれ担当課が違うため前に進めません。周りの幼稚園、保育園の邪魔をするのではなくて、みんなでやったらいいと思うのです。また、お年寄りの施設もつくって、その人々に子どもたちをみてもらうのもいいかもしれません。給料も支払って、お年寄りがそのお金で一緒にご飯食べましょうとなれば、街も人々も活性化するのではないでしょうか。

 動物園はこうでなければ、という固定観念はいりません。私は風呂好きのため、ここに温浴施設があったらいいと思うのですが(笑)。人は自由に生きるべきであり、動物園も同じです。固定観念を抜けたところに新たな道があると思うのです。これからの動物園は面白くなりますよ。

(おわり)

【山下 誠吾】


岩野 俊郎 氏<プロフィール>
岩野 俊郎
(いわの・としろう)
 1948年、山口県下関市生まれ。日本獣医畜産大学獣医学科卒業。73年、西日本鉄道(株)入社。到津遊園の飼育員を経て97年から同園長。2000年の同園閉園後、(財)北九州市都市整備公社職員となり02年から到津の森公園の初代園長。著書に訳本の『動物園動物のウェルフェア』(養賢堂)、『戦う動物園―旭山動物園と到津の森公園の物語』(中央公論新書、小菅正夫・島泰三との共著)がある。

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