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ストラテジーブレティン(285号)「安いニッポン」が日本復活の起動力(後)

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 NetIB‐Newsでは、(株)武者リサーチの「ストラテジーブレティン」を掲載している。
 今回は2021年8月20日付の記事を紹介。

世界一「高いニッポン」が凋落の起点であった

 1990年代前半、日本は世界一の高物価国であった。ホテル料金から何から何まで世界で一番高かった。皇居の地価と米国カリフォルニア州の地価がほぼ同じであった。株価も高かった。90年の世界時価総額トップ10の銀行は9位までが日本の大手都市銀行で占められていた。筆者は95年「異常な日本の物価高、内外価格差の拡大」の分析を国会において参考人として証言し、国内の高コスト構造と円高が原因であると説明した。そこからの坂道を転がり落ちるような物価・資産価格の下落が起き、同時に日本経済の急激な衰弱が始まった。

 しかし今、物価・賃金安に加えての円安で、日本企業の価格競争力は過去30年間で初めて上向いている。「安いニッポン」は日本企業の低コストを意味するので、今後日本企業の収益の向上が期待できるだろう。海外生産している企業にとっては海外法人利益の円換算額の増価というかたちで現れる。企業の支払い能力の向上と技術労働者の需給ひっ迫から賃金上昇に結び付くだろう。国際競争力向上はグローバル製造業と、数年後に急拡大が予想される観光関連国内産業で顕在化すると考えられる。このように「安いニッポン」は日本経済復活の起動力になると考えられる。日本の失われた国際購買力の回復(ズワイガニを再び日本人が口にできること)は、企業の国際競争力回復があって初めて実現できる。今大切なことは円安を進めるために、超金融緩和をできる限り持続させることである。

なぜ観光業が重要か

 コロナ禍がなかったら今何が起きていただろうか。オリンピックを契機として日本に4,000万人の観光客が殺到し、1人あたり20万円の支出とすると8兆円の新規外需が日本の国内産業に落ちていたはずである。日本の安価・高品質の観光資源・サービスが世界の中産階級に提供され、需要は急増しただろう。世界どこを旅しても日本ほど安く安全おいしいところはない。日本の内需が外国人によって満たされるという10年前には考えられなかった、うれしい転倒が起こっている。これはポスト・コロナにおいて、顕著なトレンドになっていくであろう。「安いニッポン」は、輸出産業はいうまでもなく国内産業においても、価格競争力上昇、需要増加となって日本経済復活の好循環を惹き起こす可能性が高い、と考えるべきではないか。

コスパがとくに良い日本の観光業、バラッサ・サムエルソン仮説が効く

 「安いニッポン」はことに、日本の内需産業、サービス価格で顕著であり、外国人から見た日本観光のコストパフォーマンスは非常に高いとみられる。

 なぜ日本の国内価格が外国人から見て、魅力的なのか、それは国際経済理論上の有力な論理、バラッサ・サムエルソン仮説で解釈が可能である。バラッサ・サムエルソン仮説は、世界の賃金は一物一価であり、労働生産性が同一の2か国の労働賃金は同一になるという原則から出発する。ただし、それは相互に国際市場で競争をしている貿易財(主に製造業)に対してのみあてはまることである。

 それでは国際市場で競争をしていないサービス業など各国の内需産業の賃金はどう決まるのかというと、その国の貿易財産業で形成された国内賃金相場にサヤ寄せされて決まる。つまり貿易財産業においてA国の生産性がB国の2倍であれば、A国の貿易財産業賃金は、B国の貿易財産業の2倍になる。その結、果A国のサービス産業の賃金もB国のサービス産業賃金の2倍になる、ということが起きる。A国、B国のサービス産業賃金は生産性に関係なく決まるということである。概してサービス産業、たとえば床屋さんの生産性は、先進国でも新興国でもあまり違いがない。しかし先進国の床屋さんの賃金は新興国の10倍にも相当する、ということが起きる。つまり生産性あたりの賃金価格差が、サービス産業においてとくに大きく開いているのである。

 しかしここで国際交流が活発になり、サービス産業にも外国人の顧客がつくようになれば、事情は変わってくる。B国の割安なサービス産業(生産性があまり変わらないのに価格が半分)に海外需要が殺到することになる。日本の観光関連の価格が国際比較で大いに割安化していることは、中藤さんの著書から明らかなので、日本の観光需要が大きく増加する、と期待される。「安いニッポン」は、観光という国内産業に現れた外需によって、大きく是正されていくと、見られるのである。

 このように「安いニッポン」は製造業以上に、内需産業での物価アップサイド圧力を強めることになる。観光業の隆盛が日本のデフレ脱却の牽引力になると考えられる。

(了)

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