2024年11月17日( 日 )

小売こぼれ話(1)何をやるか、いかにやるか

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ドラッグストアとスーパーマーケット

スーパーマーケット イメージ 小売業の基本は坪効率といわれる。率という文字が使われているが、それが表すのは1坪(3.3m2)あたりの売上だ。その坪効率だが、利益を生むための基準値は業態によって大きく違う。

 たとえば、ドラッグストア業態のディスカウントドラッグコスモスの坪効率は150万円もあれば十分だが、スーパーマーケット業態は少なくとも400万円程度が必要だ。

 加えて、運営経費の違いもある。1つは人件費の違いだ。スーパーマーケットの必須部門である生鮮食品は、高い加工技術と高度の鮮度管理が必要で、設備投資とその維持にもコストがかかる。平均的なスーパーマーケットでは生鮮部門の販売構成比が30%を超えるから、売上の3分の1が低生産性ということになる。労多くして益少なしだ。そんな事情で、スーパーマーケット業態はドラッグストアの2倍以上の坪効率でも経費率はドラッグストア業態よりもはるかに高い。

 総務省のデータによると、1世帯・1カ月あたりの食費は7万6,000円程度。そのうち生鮮食品は約2万1,000円を占める。全体の約30%だから、ドラッグストアがカバーできる率は残りの70%ほどになる。さらに、スーパーマーケットが不得手な日用消耗品と医薬品を加えると、スーパーマーケットが扱う90%近くをカバーできる。利便性で思うほどのハンディはないということだ。生鮮をもたないローコストオペレーションだから、スーパーマーケットよりもはるかに少ない客数と単価で運営できる。足元の商圏は1万人もあれば十分だ。より狭い商圏で経営できることになる。さらに15%程度の経費率だから、競合するスーパーマーケットよりも一般食品や雑貨を安く売ることもできる。

 一方のスーパーマーケットだが、同じ商圏内にドラッグストアが出店すれば、少なくとも売上の10%前後が影響を受ける。損益分岐点が90%以下というスーパーマーケットは極めて少数だから、事態は深刻だ。経費率も20%前後だから価格競争もできない。

 ドラッグストアの優位性はまだある。設備に大きなコストがかかる生鮮作業バックヤードや冷蔵設備が不要で、建設面積もスーパーマーケットよりも小さくて済む。このため立地余地も大きい。店舗運営にも生鮮技術者のような特別な人材を必要としないため、怒涛の出店が可能である。

 コンビニやドラッグストアなどの小商圏業態は、その利便性からオンライン取引の影響も受けにくいといわれる。出店による将来の販売規模拡大についても、メーカーや卸から見ても魅力的だ。それは仕入れ価格にも影響する。

いかにやるか

 スーパーマーケットには大きく分けて3つのタイプがある。1つ目は、マックスバリューのような全国チェーンの標準型。標準型は「無理をしない運営手法」を採用する。コストのかかる生鮮作業を加工センターなどに依存し、あえてその構成割合を上げないようにするのだ。

 商品量についても、積極的な品ぞろえや販売量を追い求めることをせず、買いやすい価格と売れ残らない量で売り場を運営する。ごく普通の日常生活に対応するというのが、その基本姿勢だ。だから安く大量に売るという考えもない。量を売ろうとすれば、それにともなうオペレーションコストも大きくなるため、そのリスクよりもローコストオペレーションを徹底して無駄のない売り場運営を目指す。買い物頻度の高い日常食生活をサポートするという考え方だから、生鮮強化などの特別な手法も取らない。1m2あたりの年間売上は100万円程度で、経常利益率も2%前後と高くはない。

 2つ目は、地域限定の特殊型。生鮮強化や加工食品のディスカウントで、全国チェーン型とはタイプが異なる点をアピールし、より多くのお客の支持を目論む。お客のニーズに合わせた売り場と価格で高い坪効率の繁盛店もあるが、若い世帯の生鮮離れとドラッグストアとの競合により、その先行きは厳しい。

 3つ目は、日常に加えて、ヤオコーやハローデイのような非日常を演出する特殊型である。他社が敬遠しがちの生鮮食品にあえて積極的に取り組み、売り場の装飾などにも工夫を凝らす。総菜を含めた生鮮部門の構成比もベーカリーを加えると50%を超し、わざわざの店づくりで購入単価の向上と商圏の拡大を狙う。

 その結果、1m2あたりの年間売上は大手チェーン型の1.5~2倍の150万円以上になる。ただし、高頻度の食品という特性上、さほど大きな粗利益は確保できず、22~24%程度というのが精一杯。しかし、売り場面積あたりの売上の大きさでそれを補い、経費率をマックスバリューのような通常型並みに落としている。それでも経常利益率は2~4%で、営業外の収入を含めて全国チェーン型と大きな差はない。ただ、食の感動と視的満足度という点で大手チェーンにない魅力を顧客に提供している点が特筆に値する。

 このタイプの問題点は通常型に比べて、厚い商圏が必要なことだ。このため、比較的人口密度の高い地域でしか成立しない。足元の商圏が薄く、必要な客数が確保できないと坪効率が下がり、収支が見えなくなる。その限界は1m2あたりの年間売上150万円程度と全国チェーン型の1.5倍だ。だから、ローカルへの出店は不採算店をつくることになりかねない。

 特殊化の筆頭はアメリカのホールフーズだ。同社はオーガニックと感動の売り場づくりで世界中の同業者の注目を集めていた。しかし、店舗数が300店を超えたころから坪効率の低い店が増え始めた。坪効率が下がるという立地の罠に落ちたのだ。最後は「フードデザート」といわれるシカゴにまで出店した挙句、2017年にアマゾンに買収された。立地限界の結果である。

 その後のアマゾン傘下のホールフーズは特殊化を捨て、通常型に近づくことでクオリティーの高い従業員の離職などもあって、元来の魅力を失い続けている。流通先進国アメリカの事例が示すのは、業態を超えた極めて厳しい競争だ。しかし、経営者の情熱と食品売り場の感動を求める顧客がいる限り、この業態がなくなることはないはずだ。

(つづく)

【神戸 彲】

(2)-(前)

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