2024年11月17日( 日 )

小売こぼれ話(5)オンラインと宅配(後)

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生鮮宅配の動向に注目

生鮮野菜 宅配 イメージ アマゾンが2010年代後半から本格的に取り組んでいるのが、生鮮食品の宅配。手始めに17年8月、全米に460店を持つ高品質生鮮スーパーのホールフーズを買収した。ホールフーズは販売商品の高い品質と、オーガニック中心の生鮮食品の取り扱いが特長。価格優先のアマゾンとは、いわば対極のポジションにある。

 ホールフーズは14年にインスタカートと提携し、食品宅配に乗り出した。インスタカートはもともと1地区1社でスーパーマーケットと提携し、ピッカーが買い物を代行して、それを宅配するというサービスを行っていた。ところが、アマゾンがホールフーズを買収すると、全米の300余りのスーパーが雪崩を打ってインスタカートとの契約に走った。「バスに乗り遅れるな」である。

 もちろん、アマゾンはほどなく、買収したホールフーズが結んでいたインスタカートとの契約を途中解約し、自社のシステムに切り替えた。

 そのインスタカートだが、最近はターゲットなど大手との提携解消も聞こえてくる。アマゾンをはじめ、ターゲットなどの大手小売は独自でアプリを開発でき、よりコストの安い方法を考えることから、今後インスタカートなどの買い物代行業のサポートに頼るのは専ら中小スーパーマーケットになるだろう。

 しかし、アマゾンだけでなく、各スーパーマーケットは食品の宅配にてこずっている。我が国の場合、1世帯あたりの食費は1日あたり2.400円程度である。しかも、アメリカと違って国土が狭く、店も歩いて行ける場所にあるのが普通だから、1週間分まとめて買うなどという習慣はない。そう考えると1回の購入はせいぜい数千円である。

 そんな顧客を相手に配達するとして、1世帯あたり移動時間も含めて15分かかるとしよう。1日7時間労働を15分で割れば28になる。7時間かけて得意先を回ったとしても28件、1件あたり3,000円の売上単価で8万4,000円。小売の粗利益率は高くても30%余りである。そこから生まれる利益は多く見積もっても2万5,000円。競争が厳しくなれば限りなく20%に近づく。宅配担当の時給を2,000円としても労働分配率は55%を超える。

 もちろん、1件あたりの配達時間が15分というのは極めて効率的なケースだ。多層階や配達距離が遠くなれば、その数字は絵に描いた餅に過ぎない。だから食品の宅配は一般化しなかった。あえてそれを広げようとすれば、お客に配達料を負担してもらうしかない。

 アマゾンでさえ、意欲的に挑戦したものの、「アマゾンフレッシュ」は思うような結果を達成できずにいる。その結果が配送料の値上げだ。均質で賞味期間が長い加工食品と違って、生鮮食品は自分の目でたしかめて購入するという基本行動は洋の東西を問わない。

 とくに我が国の消費者は生鮮に対して厳しい選択基準をもつ。加えて、調理時間に合わせた配達、エリアの顧客密度、鮮度保持のための配送器具などクリアすべき問題は山ほどある。生鮮を含む食品は思いのほかかさばるだけでなく、単価も低い。もちろん粗利益も大きくない。一言でいえば、どう見ても割に合わないのである。

 アマゾンは、我が国最大のスーパーマーケットであるライフと提携した宅配「アマゾンフレッシュ」により、そこに風穴を開けようとしている。しかし、数年経っても何とかクリアできているのは、関東や関西の大都市圏の一部地域だけである。もともと迅速性や細かい作業が要求され、保存性も低い生鮮食品では効率的な宅配など望めないのだ。

 ただ、生鮮の概念が変化すれば食品の宅配は大きな可能性をもつ。たとえば、ミールキットという一流レストランのメニューを楽しめる材料セットがある。食品ロスが話題になるなかで、捨てるところもなく、手軽にレストランの味が楽しめるというのであれば、進化著しい冷凍食品も加わって生鮮の概念が変わり、オンライン宅配が普通になるかもしれない。

 現場を見れば、20年以上前から主婦のニーズは素材から総菜へと大きく変化し、鮮魚を例にとれば、1尾丸ごとの魚がほとんど売れなくなった。商品の主力が寿司や刺身に移っている。この流れのなかでミールキット的なものが充実すれば、リアルとネットをうまく使い分けるかたちも生まれるだろう。

 流通業で我が国最大のイオンは、英国の無店舗スーパー・オカドと提携し、宅配に特化した大型のフルフィルメントセンターを千葉市に建設している。うがった見方をすれば、リアル店舗を利用した宅配はうまく行かないという結論を得たからだろう。

 大きなコストをかけた新たな施設がうまく行くかどうかは誰にもわからない。イオンの成否は別として、各大手スーパーマーケットもこぞって宅配に取り組んでいる。しかし、アメリカなどと違って家のすぐ近くに店舗があり、まとめ買いの習慣がない我が国で、スーパーマーケットの宅配が企業側の目論み通り運ぶかどうかははなはだ疑問である。

 ただ、以前と違って宅配参入企業の増加により、複雑な問題の解決にしのぎを削るなかで、宅配の進化と浸透が一気に加速しないとも限らない。生協をはじめ、幾多の宅配スーパーが工夫・改善しながらも、なかなかうまく行かなかった生鮮宅配の進化と変化からしばらくは目が離せない。

(了)

【神戸 彲】

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