2024年12月22日( 日 )

小売こぼれ話(11)ニッチという生き方(前)

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レッドオーシャンに巻き込まれない

カート イメージ 最近、「ワークマン」と「業務スーパー」がよく話題になる。ニッチという生き方だ。ニッチ=隙間とされるが、言い方を変えれば「生存領域」である。自然界だけでなく、小売の世界にもある。小売の世界ではそれが降って湧いたように現れる。そして消え去ったり進化したりする。

 今、アマゾンをはじめとする躍進中のオンライン取引を一言でいうと、買い物の簡便化だ。自宅にいながら、より多くのモノを世界中からより安く手に入れることができる。

 しかし、参入者が増え続ける以上、行き着く先は大小さまざまな競争相手がひしめくレッドオーシャン、疲労感漂う赤い海だ。従来型の小売業もそれに巻き込まれる。

 一方、ニッチの世界にはそれがない。絞り込む勇気と極める努力は不可欠だが、最終的には自分との勝負だ。市場は大きくないものの、代替えのきかない領域でもある。

業務スーパー

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 随分前の話だが、近所に小さなスーパーマーケットができた。150坪程度の小さな店だったが、それまでの店とはスタイルが違った。同じ広さのスーパーマーケットとの違いは、生鮮売り場のスペースだった。従来の店舗(150坪程度)の冷蔵ケースの長さは肉、魚、野菜ともに30尺(約9m)程度が普通だった。しかし、その店は生鮮売り場に従来の2倍のスペースを割いていた。さらに、精肉や鮮魚の売り場からは平置きの冷蔵庫越しに作業場が見えた。お客は注文や尋ねたいことがあれば気軽に声がけができ、担当者もお客の動きを見ながら作業をする。

 当初、担当者も企業幹部たちもオープン作業場を嫌がった。保健所も衛生管理上、許可できないといった。それでもそれらをクリアしてオープンした。

 生鮮製造の裏舞台を見られるのは店側にとって大変なことだ。整理、整頓、清掃の仕事で製造作業を中断しなければならない。あらゆるシーンが常にお客の目に触れる。かつては喫煙しながら作業する担当者もいた。だから、まな板にたばこの焦げ跡が残っているのも普通のことだった。

 もともと、作業場に管理職が顔を見せるのはごくまれだったし、お客の目がそこに届くこともなかった。いうなれば治外法権ゾーンだったのだ。ところが、作業場と売り場の壁を取り除くことによって、作業場は彼らにとって不自由な空間になった。

 管理職どころか、お客の目にすべて晒される。管理職も売り場から仕事ぶりを容易に観察できる。どちらにしても、作業場はお客を意識することですべてが変わった。見られる恐怖は衛生管理に反映した。鮮度に関するクレームが旧タイプに比べて激減したのだ。

 青果は島陳列の平台で、ボリュームや価格を訴求する一方、店頭で重量のある馬鈴薯や玉ネギをバケツに入れて売り、白菜などのかさばる野菜を丸ごと売った。根モノや白菜、キャベツは重い。だから、通常は丸ごと買うお客はまれだ。しかし、店内でレジを終えて、その後店頭で改めてそれらの重い野菜を買うというやり方はお客にとって都合が良かった。

 生鮮に売り場を割いた分、日用雑貨を減らした。当時の150坪型の雑貨の売り上げ構成は全体の5%、金額にして月間200万円程度で、売り場スペースに比べて生産性が悪かった。店舗の月商は4.000万円前後。大店法の規制により、お客の日常生活を満たす売り場面積が確保できなかったからだ。

 新たなレイアウトの店は思いがけない結果を生んだ。当初の年間売上計画は8億円。既存型の2倍だ。誰もが鼻先で笑った。しかし、結果は意外なものだった。従来型店舗の3倍の売上を生んだのだ。

 しかし、それも長くは続かなかった。3年後、すぐ近くに2倍の面積の生鮮強化新型店がオープンした。新店は商品づくり、陳列、価格のいずれも斬新な提案に満ちていた。結果はあっけなかった。同質の競争下では、より中身の濃い者が勝つ。その後、小型スーパーはドラッグ型スーパーに衣替えしたが、売上が元に戻ることはなかった。

 それが閉鎖した後に出てきたのが業務スーパーだ。以前の賑わいがいきなり戻ってきた。理由は「make a difference」。主力商品に競合がない。その店の商品はその店に行かなければ手に入らない。もちろん、消費者にとって魅力がなければ、いくらほかでは手に入らないといっても話にならない。

 消費者が新しい店に求めるのは、新しい発見と感動だ。新しい発見があり、その使い勝手が良ければ消費は継続する。選択肢が1つなら価格競争が入り込む余地もない。ブルーオーシャンである。

 業務スーパーの生鮮は冷凍中心で、店舗での加工工程がないから生産性は高い。イオンなどの大手がそっくり同じことをやらない限り、その生存領域は安泰だ。人は日常のなかにいる。そして、時に非日常を求める。誕生時に斬新といわれたスタイルも、新しいものが生まれればそのまま日常に分類されることになる。

(つづく)

【神戸 彲】

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