2024年11月23日( 土 )

アメリカに出始めた現実的な対中ビジネス路線への回帰(前)

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国際未来科学研究所 代表 浜田 和幸

中国人やアジア系に対する嫌がらせが増加

ロサンゼルス イメージ トランプ前大統領もバイデン現大統領も、こと中国に関しては「アメリカの経済基盤や民主主義の土台を揺るがしかねない脅威」との見方で一致しているようです。とはいえ、米中関係は、持ちつ持たれつの相互依存関係であることも現実として無視できません。

 たとえば、中国からアメリカに留学している大学生や研究者の数は37万人に達しており、他国を圧倒する存在感を示してきました。とくに、アメリカの大学における科学、技術、工学、数学など理系分野に限ってみれば、中国からの留学生や研究者を抜きにしては成り立たないほどです。

 とはいえ、米中間の経済対立がもたらしている「制裁合戦」の影響もあり、最近では司法省やFBIが目を光らせ、中国人によるアメリカの知的財産権を侵害するような動きは排除する事例も報道されるようになりました。中国人に機微に渡る情報を提供したとの理由で、逮捕拘束されるアメリカ人もいるようです。ただし、そうしたケースは「ごくまれ」と言われています。

 にもかかわらず、アメリカ国内では「中国脅威論」が幅を利かせ、「中国人差別」という風潮すら生むようになりました。中国人やアジア系の人々を狙った嫌がらせや暴力行為も増えているとのこと。そのため、中国からアメリカに留学する学生も激減し、アメリカの大学にとっては最大の授業料を払ってくれるお得意さまがいなくなり、経営に支障が出るようにもなっています。すでに、この10年で10億ドルの授業料が減収になったようです。

 問題は、こうした相互不信が深まることで、学問や研究の幅が大きく狭められてきたことにあります。世界が解決しなければならない環境問題や感染症対策などには国際的な協力体制が欠かせないはずです。実際、アメリカの研究機関で、こうした分野を中心に活躍してきた研究者のなかには中国人やアジア人が多数在籍していました。

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 ところが、こうした中国やアジア系の研究者にはビザの延長が認められなくなり、突然の解雇を通告されるケースが急増している模様です。「自由で開かれた」教育環境が失われつつあると言っても過言ではありません。意見の違いがあるからこそ、多様な見方も生まれ、そこから創造的な解決策も生まれる可能性があるはずです。それを潰してしまうような政治的な介入は将来的には禍根を残すことになるに違いありません。

アメリカから中国への半導体輸出は増加

 幸い、実務に係わるアメリカの経済界では中国との信頼関係や市場の需要性に鑑み、共同研究に前向きな企業も多く、米中間のビジネス協議は水面下では依然として継続されています。そのため、USTR〈通商代表部〉のタン代表からも「米中間で貿易を停止するような“Decoupling ”は非現実的で、むしろ“Recoupling”のなかで、アメリカの目標や優位な競争力をどう構築すべきかを検討すべき」との前向きな発言も聞かれるようになってきたところです。残念ながら、そうした言動はメディアではあまり報道されていません。

 しかし、経済や貿易の現場に詳しく、「投資の神様」と異名をとるウォーレン・バフェット氏も「今がチャンス」とばかり、アリババなど株価の下がった中国企業株の買い占めに走っているとのこと。中国に進出しているアメリカ企業も、恒大集団に代表されるような不動産バブル崩壊の懸念や自然災害の影響もあり、石炭価格が高騰、電力供給に不安が出るようになったにもかかわらず、アメリカ企業の大半はアメリカ本国や他国への移転は考えていないと在中国アメリカ商工会議所の調査に回答しています。

 実際、メディアの報道とはまったく逆の現象が米中間では見られるのです。というのは、2021年においてはアメリカによる中国向けの半導体輸出は拡大を続けているからです。「成熟ノードのIC分野において対中規制は意味がない」とアメリカ政府は判断したものと思われます。もちろん、最先端のノードに関しては、自国の規制とともに技術力をテコに第3国への域外適用規制を強化する方針は変わっていないようです。要は、半導体製品の対中輸出に関してはメリハリを付けて臨むというわけでしょう。

 その意味では、バイデン政権の対中姿勢はより現実的に軌道修正される流れにあると期待できる面もあります。日本とすれば、米中の緊張が取り返しのつかない「熱戦」に推移しないよう、両国への働きかけを強めるべきではないでしょうか。こうした実務面での相互依存の実態を日本でもアメリカでもメディアは報道しようとしません。

(つづく)


浜田 和幸(はまだ・かずゆき)
 国際未来科学研究所主宰。国際政治経済学者。東京外国語大学中国科卒。米ジョージ・ワシントン大学政治学博士。新日本製鐵、米戦略国際問題研究所、米議会調査局などを経て、現職。2010年7月、参議院議員選挙・鳥取選挙区で初当選をはたした。11年6月、自民党を離党し無所属で総務大臣政務官に就任し、震災復興に尽力。外務大臣政務官、東日本大震災復興対策本部員も務めた。最新刊は19年10月に出版された『未来の大国:2030年、世界地図が塗り替わる』(祥伝社新書)。2100年までの未来年表も組み込まれており、大きな話題となっている。最新刊は『イーロン・マスク 次の標的「IoBビジネス」とは何か』(祥伝社新書)。

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