出会い、つながり、奥田流~北九州・希望のまちプロジェクト(番外編)
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時代が求める奥田流の言葉
いつか読むつもりで本を買ってそのままにしておくことを“積ん読(つんどく)”というが、私にとって認定NPO法人・抱樸理事長、奥田知志さん(58)は、いつか取材するつもりで“積んどいた人”だった。
奥田さんを初めて知ったのは、私が毎日新聞記者として西部本社報道部(北九州市小倉北区)に赴任した33歳のとき、四半世紀前のことになる。たまたま炊き出しのニュースをテレビで見た私は取材意欲が湧いたものの、忙しさにかまけて放置してしまった。
私は昨春、新聞社を退職したが、その直前、抱樸が特定危険指定暴力団・工藤会の本部事務所跡地を買い取り、全世代型福祉拠点を整備する、との全国ニュースを見て度肝を抜かれた。あの土地は行政が介入するしかないと思っていたのが良い意味で裏切られた驚きと、「暴力のまち」から「希望のまち」へというコンセプトの素晴らしさ。ついでにいえば、我が家から歩いて20分というご近所での大事業である。今こそ、なんとしても“積んどいた人”に会わなければならないのだった。
実際にお会いした奥田さんは私をほっとさせる言葉の持ち主だった。私は大言壮語する人は好きではない。そういう人はインタビューしていても退屈なので、記事も面白くならない。「真実は二律背反の濃い塊である」と言ったのは作家の色川武大だが、そのような真実、つまり相反する理念や感情といった複雑な内面を抱えながら表に出すべきシンプルな言葉を探してやまない人が好きなのである。奥田さんはまさにそのような人だった。
「僕自身のためであるわけです」。連載3回目、長年にわたる支援活動について問われた奥田さんはこのように述べたと書いた。記事とは少し違うが、実際はこのような文言だった。一面的に受け取るわけにはいかない。困窮者に手を差し伸べてきた、それは自身へ向けての救いでもあるということだ。宗教者といっても何かを悟っていたり、乗り越えていたりするのではない。そんな余裕はない。悩み多き1人の人間として助け、助けられる社会でないと生きていけないし、また生きる価値もない。このような内容のことを、奥田さんは言葉を選びながら語った。複雑な内面を端的に表出した奥田流の表現であり、印象に残っている。
また、記事では使わなかったが、奥田さんは「出会った責任」という言葉をよく用いる。著書にも出てくる。複雑怪奇な人の縁というものについて、困窮者支援の現場でどのように取り扱うかという意思を明快に、美しく言い表した言葉である。出会いたくて出会ったわけではないこともあるだろうし、どこまでも責任をとる必要はないともいえるが、一方で出会いはご縁であり、大切に育みたいという思いも生じる。そこで自分は後者をとるという意思表明を込めた言葉なのだと思う。
奥田さんの言葉は人の気持ちを温かくさせる。連載には、そのような魅力的な言葉をちりばめたつもりである。自己責任論がはびこる世相や、それを煽るような政治家の言動、公文書改ざん・廃棄という犯罪の類に手を染める役所、それを忖度させる政権、ネット上に横行する匿名の暴言、誹謗中傷など、辟易する時代である。であればこそ、奥田さんの言葉は貴重だし、「希望のまちプロジェクト」の意味は増してくる。社会は弱肉強食のジャングルではない。もう少し、優しい生き方を探してもいいのではないか。
10月半ば、私は奥田牧師の説教を聞くため東八幡キリスト教会を訪れた。主日礼拝に教会を訪れるのも、牧師の説教を聞くのも初めての体験である。「たかがスズメでさえ神の許しなしには地上に落ちて死ぬこともできない」というマタイによる福音書の一節をテーマにした説教は、私の胸に心地よく響いた。
「スズメだって生きることも死ぬことも、神の許可なしにはできないのです。あなた、今苦しくて死んでしまいたいと思っているかもしれませんが、神様の許可とってますか? 確かめてほしいのです、許可をとってないなら踏ん張って生きるほかない。あなた、もうだめだと言ってますけど、本当に許可とってますか?」。
奥田さんの切迫した声が今も耳に残っている。人生は男も女も、老いも若きも、時に死ぬほどつらい。でも、あなたのその行為、許可とってますか?皆、自らの胸に問うべきではなかろうか。
「出会い、つながり、奥田流~北九州・希望のまちプロジェクト(第1部)」を6回連載した。奥田流の言葉、抱樸の活動を描くことによってポストコロナに一筋の光を示したいと願った。叶えられていれば幸いである。
【山下 誠吾】
<プロフィール>
奥田 知志(おくだ・ともし)
1963年生まれ、滋賀県出身。日本バプテスト連盟・東八幡キリスト教会牧師。認定NPO法人抱樸理事長。関西学院大学神学部大学院修士課程修了、西南学院大学神学部専攻科卒業、九州大学大学院博士課程後期単位取得。(公財)共生地域創造財団、ホームレス支援全国ネットワーク、生活困窮者自立支援全国ネットワークなど代表。第1回(2016年度)賀川豊彦賞、第19回(2017年度)糸賀一雄記念賞受賞。著書に『もう、ひとりにさせない』(いのちのことば社)、『いつか笑える日が来る』(同)、『ユダよ、帰れ』(新教出版社)など。関連キーワード
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