2024年09月14日( 土 )

“古色蒼然”の新しい資本主義(後)

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政治経済学者 植草 一秀 氏

 安倍・菅政治が終焉して岸田文雄内閣が発足した。岸田氏は自民党総裁選を通じて新自由主義の見直しを提唱。第100代、101代内閣総理大臣に就任して「新しい資本主義」を掲げるが、日本経済の刷新が実現するのだろうか。バブル崩壊が始動して30年余の時間が経過した。日本だけが世界経済のなかでタイムカプセルに取り残された状態が続き、経済は坂道を転落し続けている。いま求められる政策対応は何か。岸田内閣の下でその実現は可能なのか。日本の課題を総括してみたい。

主題は格差是正

 新自由主義経済政策運営の特徴は単なる市場原理主義を超える点に特徴がある。それが、民営化・経済特区を隠れ蓑にした新たな利権政治の拡大だった。利益極大化を追求するグローバル巨大資本は最後の草刈り場として公的事業分野に標的を定めている。水道や各種社会インフラなどの公的事業は生活必需財・サービスを供給する独占事業であるため、事業権取得によって超過利潤を獲得できる。政治をコントロールすることにより公的事業分野を収奪することに力が注がれてきた。

 グローバル巨大資本は政治活動の場に資本の手先としてのフィクサーを送り込む。このフィクサーが「政商」として活動することにより、公的事業分野の収奪が進められている。

 宏池会の岸田文雄氏がグローバル巨大資本の目論む公的事業収奪、ならびに市場原理主義追求による大資本利益極大化の活動に、くさびを打ち込むことが可能になるのか。政策対応が注目されている。

 ところが、これまでの政策提言を見る限り、岸田氏の提案に新しさは皆無である。古色蒼然とした「新しい資本主義」の標語提示にとどまっている。

 日本経済の成長力は時間の経過とともに低迷の一途をたどってきた。日本経済の実質GDP成長率は1960年代:10.5%、70年代:5.2%、80年代:4.9%、90年代:1.5%、2000年代:0.6%で推移してきた。60年代の10%成長が二次にわたる石油危機で5%成長に下方屈折したのち、90年代には1.5%成長、2000年代最初の10年は0.5%成長にまで低下した。

 2009年10-12月期から12年10-12月期にかけての民主党政権時代の成長率平均値が1.7%に上昇したが、第2次安倍内閣が発足した13年1-3月期以降の成長率平均値は0.6%に反落。日本経済の成長低迷はもはや「構造的」と呼ぶほかない。経済成長は技術進歩と人口成長によって実現するが、人口は減少に転じ、日本産業の技術革新力が地に墜ちている。もはや経済成長を展望できる状況ではなくなっている。

 このなかで資本主義経済の最大問題である「格差」を是正するには「分配」に経済政策の焦点を充てる以外に道はない。岸田氏が掲げた「分配」はこの意味で正鵠を射るもの。ところが、岸田氏の発言がぶれた。当初は分配が大事だと述べ、金融所得課税の見直しを掲げたが、時間の経過とともに「成長も分配も」に言い方が変わり、最後は「まずは成長」となって「分配」という言葉が消えた。

 2022年度税制改革大綱で賃上げ税制が提示されたが、これは賃上げを実行できる「強い」企業にしか適用されない。賃上げを実行できる上級労働者が問題の核心でない。賃上げなど論外という処遇に置かれた「下級」労働者が問題の根幹だ。このことを何も理解していないとしか思われない。

3つの基本政策提言

 経済政策の中核に「分配」是正を位置付ける。抜本的な取り組みが必要不可欠だ。筆者は3つの最重要施策があると考える。「最低賃金引き上げ」「生活保障法制確立」「税制の抜本改革」である。

 最低賃金については、これを全国一律で1,500円に引き上げる。企業に委ねれば企業が倒産するから、政府の財政支出支援によって実現する。最低賃金全国一律1,500円の提案が広く野党に共有されるようになったが、この提案を初めて明示したのが「政策連合=オールジャパン平和と共生」である。2018年4月に「シェアノミクス=分かち合う経済政策」の具体策を提言した。余談になるが、翌19年4月に創設された「れいわ新選組」参院選公約は政策連合提言を全面採用したものである。

 現在の最も低い最低賃金は時給820円。年間2000時間労働で換算すると年収164万円。これを1,500円にすれば年収300万円になる。夫婦2人なら世帯収入600万円になる。人生設計の余地が飛躍的に拡大する。

 財政支援で最低賃金1,500円を実現できるのかとの疑問があるが不可能ではないと考えられる。1,000万人の年収を100万円引き上げるための費用は10兆円。20年度に3次の補正予算で73兆円もの財政支出追加を行ったことを踏まえれば工夫の余地がある。

 第二の柱が生活保障法制の確立。現行の生活保護制度では利用要件を満たしながら利用しない人が8割を超える。扶養照会で親族に連絡がいくことや生活保護を恥とする空気が利用を妨げる要因になっている。用語を生活保護から生活保障に変え、要件を満たす人のすべてが受給するように法制を改める。保障水準は最低賃金に準拠するが最低賃金を大幅に引き上げる場合にはフルスライドでなくてもよいだろう。

 第三の柱が税制の抜本改革。税制の基本を「能力に応じた課税」に回帰させる必要がある。消費税が導入された1989年度から2019年度までの31年間の消費税収は約400兆円。同じ期間に法人の税負担が約300兆円、個人の税負担が約275兆円軽減された。消費税収は1円も財政再建や社会保障制度拡充に使われていない。大企業と富裕層の税負担を軽減するために低所得者の生存権を奪う消費税増税が強行されてきた。

 格差是正のためには、消費税を減税し、大企業と富裕層の課税を適正化する必要がある。金融所得課税適正化も本来は分離課税の税率変更ではなく、総合課税一本化が適正だ。

 最後に、日本の成長力を高める施策について一言触れる。日本はポスト工業化の時代のなかでGAFAなどに代表されるハイテク分野で完全に後れを取った。その主因は人材の枯渇。その主因は教育にあると思う。日本の教育の軸は「従うこと」「覚えること」。この教育では創造力のある人材は育たない。教育の軸を「考える力」「発言する力」育成に転換すべきだ。教育の在り方を根本から変革することが求められている。

 岸田内閣が「分配」政策と教育の改革を実現できないなら、政権そのものの刷新が求められることになる。

(了)


<プロフィール>
植草 一秀
(うえくさ かずひで)
1960年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵事務官、京都大学助教授、米スタンフォード大学フーバー研究所客員フェロー、野村総合研究所主席エコノミスト、早稲田大学大学院教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ(株)=TRI代表取締役。金融市場の最前線でエコノミストとして活躍後、金融論・経済政策論および政治経済学の研究に移行。現在は会員制のTRIレポート『金利・為替・株価特報』を発行し、内外政治経済金融市場分析を提示。予測精度の高さで高い評価を得ている。また、政治ブログおよびメルマガ「植草一秀の『知られざる真実』」で多数の読者を獲得している。

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