2024年12月23日( 月 )

終結が見えないウクライナ戦争、ロシアの本音を読み解く(後)

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慶應義塾大学法学部教授
細谷 雄一 氏

 いまだ終結の兆しが見られないウクライナ戦争。ロシアがウクライナに侵攻した意図やウクライナ戦争が世界情勢に与える影響、どうなれば戦争が終結するかについて、欧州、ロシア情勢を見つめ続けてきた世界政治史学者、慶應義塾大学法学部教授・細谷雄一氏に聞いた。

ウクライナ戦争はいつ終わるのか?

慶應義塾大学法学部教授 細谷 雄一氏
慶應義塾大学法学部教授
細谷 雄一氏

    プーチン大統領は、ロシアの安全保障を目的として領土を拡大しようとしているため、ロシアの勢力圏であるウクライナが「親露反米」になり、米国やNATOから離れることを求めている。しかし、ウクライナでは戦争により逆に「親米反露」が強まっているため、プーチン大統領は方針を変え、ウクライナのドネツク、ルハンスクの東部2州を新たな2つの独立国家として切り離し、ロシアの傀儡国家にすることや、住民投票を行うことを目指すと話している。住民投票を行う場合、東部2州がいずれもロシアとの併合を求めるという「民意」になるよう、結果を操作する可能性もあるという。

 「そうなるとウクライナが東部2州の独立を認めなければ戦争は終わりませんが、ウクライナはナショナリズムが強くなっており、東部2州を切り離すことはほぼ不可能です。妥協して戦争を終わらせることはできないため、ロシアもウクライナも決定的な勝利を収められずに中長期的な消耗戦が続くでしょう」(細谷氏)。

 もしプーチン政権が崩壊しても、ロシアではナショナリズムがとても高まっているため、現政権よりも領土拡大をさらに強力に推し進める政権ができる可能性もあり、プーチン政権が崩壊したら戦争が終わるとは言い切れない。

 細谷氏は「ロシアとウクライナが政治的な意志をもって和解するのは難しいですが、ウクライナ戦争が終わる条件は2つあります」と話す。1つ目は、中国がロシアへの経済・軍事支援を止めることだ。ロシアは経済制裁により西側の銀行に預けられていた外貨準備が凍結され、事実上のデフォルト(国家債務不履行)に陥っているため、中国が支援しなくなると戦争を続けられないからだ。2つ目は、ロシアの兵力が枯渇することだ。現在は総動員体制となっておらず、ロシア国民は戦争に行かなくていいため、ウクライナ戦争に反対していない。しかし、兵力が足りなくなり、国民を総動員するようになると、大きな反発が起こることが予想される。もし国民を兵士として出さないのであれば、民間の軍事会社に頼んで外国から傭兵を確保し、兵力を補強し続ける必要があるが、その方法にも限界がある。兵力が枯渇するとロシアは戦争を続けられなくなり、停戦を求めるものとみられている。

ウクライナ危機とこれからの世界情勢

ウクライナ 国旗 イメージ    ロシアの国内総生産(GDP)は世界11位で韓国とほぼ同規模であるが、中国のGDPは世界2位だ。「そのため、中国をロシアのように経済制裁により世界から切り離したり、孤立させたりすることはできませんが、中国がロシアへの支援を続ける限り、ウクライナ戦争は終わりません。米国は、中国にロシアへの支援をやめさせるため、ロシアに経済支援をしている中国企業に限定して制裁を科しており、中国は不快感を表しています。米国が中国という国家全体を対象にして経済制裁を科すことはできないと分かっているのでしょう」(細谷氏)。

 米国は、最大の脅威はロシアではなく、中国と位置づけている。「米中対立はこれからも続くため、日本は中国やロシアとの経済協力を前提にした政策を部分的に修正せざるを得なくなるでしょう」(細谷氏)。

 今後20~30年は米中対立による不安定な時代が続き、従来のように国同士がグローバル化による相互依存を前提にした関係を築く時代は終わりつつあるという。「日本はこれまでのように中国やロシアと協力するのは難しい時代になりますが、価値観を共有する国との連携が強まるため、これまで日本より中国を優先する外交をしてきた米国やEU諸国は、これからは日本との協力を重視するでしょう」(細谷氏)。そこでカギになるのはインドとの関係だという。インドが自由民主主義側に入るのか、中国やロシアとの協力関係を維持するのか、あるいは中立的な非同盟の政策を取るのかによって世界情勢は大きく変わる。中国は人口減少時代に入り、世界の経済成長の中心が東アジアからインド洋に動いている。インドに加えて、アフリカなどの国々がどのような姿勢を取るかが、これからの国際情勢の決め手になるという。

(了)

【石井 ゆかり】


<プロフィール>
細谷 雄一
(ほそや・ゆういち)
慶應義塾大学法学部教授。専門は国際政治史・イギリス外交史。1971年千葉県生まれ。英国バーミンガム大学大学院国際関係学修士号取得。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。アジア・パシフィック・イニシアティブ研究主幹。現在、ケンブリッジ大学ダウニング・カレッジ訪問研究員。
主な著書に『戦後国際秩序とイギリス外交―戦後ヨーロッパの形成 1945年~1951年』(創文社)、『倫理的な戦争―トニー・ブレアの栄光と挫折』(慶應義塾大学出版会)、『国際秩序―18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』(中公新書)。近著に『世界史としての「大東亜戦争」』(編著、PHP新書)。

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