2024年11月14日( 木 )

古森義久「安倍晋三氏と日本、そして世界」~追悼セミナー(4)

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 今回は8月1日号、古森義久産経新聞ワシントン駐在客員特派員による「安倍晋三氏と日本、そして世界」を紹介。

安倍叩きの激しさ

 しかし、安倍さんは極めて敵が多かった。まず日本国内でものすごく安倍晋三を嫌う自称、知識人も多数いました。「安倍晋三を日本刀でぶった切ってやる」なんて暴言を吐いた大学教授もいました。しかしそんな暴言を吐いても相手が安倍さんであれば、世間一般は何の制裁も非難もしない。もし左派の政治家に対して同じことを述べれば、主要メディアや野党は日本国がひっくり返ったような大騒ぎをするでしょう。しかもこの安倍叩きは、ずいぶん長い期間続きました。

 私は安倍さんに直接、「叩かれたことに関して反論しないんですか」とか「悔しくないんですか」と尋ねたこともあります。すると彼は、「私はわりあい平気なんですよね」という感じの対応でした。ました。ただし、誰がいつどういうことを言ったかということをずっと覚えている、と漏らしていました。たとえばさっき申し上げた特定秘密保護法案に対して、「これはもう国家の検閲だ、秘密を全部抑えてしまうんだ、表現の自由まで全部、抑圧するのだ。だから映画が作れなくなるぞ」と繰り返し叫んでいた映画監督たちがいたのです。安倍さんはこの主張に対して私との最後の対談でも、実例を挙げて、「ではこの法律の結果、1つでも作れなくなった映画があったならば、その名前をあげてほしい、と反論したいですね」と述べていました。

 この点はやはり安倍さんの人間性かもしれない。私だったらこの特定秘密保護法案が通ったら映画がつくれなくなると言っていた人間の実名を挙げて、非難しますよ、と述べたのです。すると安倍さんは「まあ私もたまにはそうしますよ」と笑っていました。先ほど触れた平和安全法案も、反対側は戦争法案だと断じて、徴兵制が始まるとまで宣伝していました。法律ができて、もう何年も経つけれども戦争は起きていない。もちろん徴兵制もない。日本ではいわゆる左派、左翼とされる人たちの発言が大きく間違っていても、間違いとして追及されないのです。私もそんな状況をずっと眺めてきました。

非難されない左翼の主張の誤り

 たとえば古い話ですが、サンフランシスコの対日講和条約に関して全面講和か単独講和かをめぐって、日本国内の意見が分かれたことがありました。日本社会党や朝日新聞に代表される左派は、単独講和には反対だと主張しました。この単独講和という言葉自体も実はゆがめ言葉でした。ソ連圏の国がこの講和に入らないというだけで、実際には多数の諸国が加わる多数講和でした。しかし朝日新聞などはこの状態を「単独」と称したのです。そして左翼勢力はソ連に加わらないうちはこの講和をボイコットせよと唱えた。もし日本が朝日新聞などの主張する通りソ連が入ってくるまでは講和条約に応じないという方針をとっていたら独立がずっと遅れたはずです。すると、日本はどういうことになっていたか。想像するだけでも恐ろしいです。

 それからもう1つの同様の事例は、日米安保条約に対しての反対です。日本のいわゆる左翼はこぞってこの条約、つまり日米同盟に激しく反対しました。もし日本政府がこの反対論に屈して、日米安保を切ってしまったとしたらどうなったか。日米同盟による日本の防衛を排除したら、どうなったか。東西冷戦中に日本がソ連の影響下に入った可能性は非常に高いといえます。そのソ連は1991年に崩壊しました。その際の日本はアメリカからみれば敵国です。

 日本が国家として非常に大きな岐路に立ったときに、いわゆる左の人が主張することに従ったら、とんでもないことになる。左翼はとんでもないことになり得る政策論を堂々と日本国民に向かって叫んでいたわけですよね。こういうことがあまり記憶に残らないまま、多くの国民が知らんぷりをする。安倍さんはこのへんの状況をしっかりとみてきたといえます。

昭和天皇を戦犯とした模擬裁判への批判

 安倍さんもこういう左翼勢力との戦いをずいぶんと経てきました。初めて表面に大きく出たのが2000年の東京の九段会館で開かれた国際会議、「女性の国際戦犯の模擬裁判」をめぐる騒ぎでした。これは日本の戦争犯罪なるものを裁く、その責任者の罪を追及していくという女性主体の国際模擬裁判でした。役割を決めて判決を下すわけです。その結果、慰安婦問題は日本政府の犯罪行為であり、謝罪も賠償もしていないと断じて、主犯は昭和天皇だという結論を出しました。これにはいろいろな国の人たちがきてこれをNHKと朝日新聞が非常に深い介入の仕方をして番組をつくって流しました。慰安婦問題では朝日新聞の大誤報がまだ日本国内でも、国際的にも誤報、虚報だとわかっていない時期の出来事です。だからこの「裁判」の大前提が事実には即していなかったのです。

 この裁判のNHK番組について、安倍さんが若き政治家として何かを言ったということ、これが言論弾圧ということでものすごい反発を受けて、もめました。しかし安倍さんは報道弾圧のようなことはなにもしていなかった。しかしこの模擬裁判自体が公正を極めて欠いた政治的偏向の産物であることは、安倍さんはきちんと指摘していました。そんな実績があるわけです。

アメリカでの安倍批判

 そしてこの左からの安倍叩きというのは、実は国際的にも広がっていった。一時はアメリカに飛び火というよりも、いまからみればアメリカのごく一部のアメリカの政治基準でいくと過激な左翼のリベラルの学者がニューヨーク・タイムズを利用して安倍叩きを試みました。

 安倍という人物は日本を戦前の状態に戻そうとする軍国主義者である、タカ派である、ナショナリストであると。このナショナリストという言葉も曲者です。自分の国や民族を愛して、大切にするという意味ではどの国の指導者もナショナリストです。一国の指導者が自分の国のことを前向きに考えるのは当然です。しかしその同じ言葉をアメリカ側から日本に対して浴びせると、上からの視線で見下す感じになります。ナショナリストという言葉自体がなにか非民主的、反民主的な要素をもった考えの持ち主だという印象になるのです。人種差別の色さえにじむ言葉です。

 安倍さんはアメリカ側の左傾の知識人たちからその言葉を使って非難されました。そうした連中はとにかく安倍嫌い、ということで、感情的にまでなって、ずいぶんとひどい言葉まで使いました。「安倍晋三はthugだ」などとののしった実例もあります。thugというのは、悪者とか刺客という意味です。

 しかしいまからみれば、このときは慰安婦問題で日本を徹底して叩こうとしていたアメリカ側のごく一部の学者による誹謗でした。その筆頭はコネチカット大学の教授のアレクシス・ダデンという女性でした。安倍氏を公開の場でthugとののしったのもこのダデン氏でした。彼女は後に、韓国の学術団体から安倍首相の批判をしたことを実績とされて、何とか平和賞っていうのをもらっている人物です。韓国と非常に近い政治活動家のような人物なのです。当時はアメリカでこういう人が安倍氏を叩き続けていたのです。

(つづく)

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