台湾有事が内外で日本企業に及ぼす影響
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国際政治学者 和田 大樹
在台日本人の退避問題
8月はじめ、米国ナンバー3ともいわれるペロシ米下院議長が台湾を訪問したことで、台湾有事への懸念が一段と強まっている。同氏の訪問前、中国外務省は「訪問すれば対抗措置を取る」と警告し、習国家主席は電話会談でバイデン大統領に対し、「火遊びすれば必ずやけどする」と釘を刺した。しかし、台湾訪問が現実のものとなり、中国は台湾を包囲するような軍事演習を行うなど、台湾をめぐる緊張はこれまでになく高まっている。
とくに、日本企業の間では、「台湾有事となれば駐在員は日本へ退避できるのか」「武力衝突となるトリガーは何か」といった、今後の動向を不安視する声が高まっている。筆者のところにもそういった相談が増えており、確かに、台湾には2万人あまりの日本人が滞在し、3,000社あまりが進出しているのだから、有事となれば、日本人の退避は極めて大きな問題となる。
しかし、陸続きのウクライナと違い、海に囲まれた台湾からの退避は困難とである。実際問題、有事を見据えた日本人の安全な退避は民間航空機が唯一の手段となるが、情勢が激変したり、軍事的緊張が高まると、民間飛行機の運航はすぐにストップする。ペロシ米下院議長が訪問し、中国が軍事演習を強化した際、韓国の大韓航空とアシアナ航空は韓国と台湾を結ぶフライトをすぐに停止した例を見れば、それは明らかである。
海路を使うという手もあるが、有事の際には中国軍が海上封鎖を実施する恐れもあり、仮に海路で避難したとしても、到着先は与那国島など八重山諸島となるだろう。日本人だけでなく、台湾人や台湾に住む外国人も避難してくるのであれば、受け入れのマンパワーには限界があり、海路での避難による混乱は避けられない。
シーレーンへの影響
台湾有事の際、我々が懸念すべきは以上の事柄のみではない。シーレーンへの影響も深刻となる。台湾有事となれば、米国の軍事同盟国である日本は中国との政治的対立は避けられない。となれば、中国が台湾を包囲する軍事演習を実施したように、台湾南部や東部での制空権、制海権を奪取することが考えられるのである。ところが、そこはまさに日本の経済シーレーン域であり、深刻な事態となるのである。
日本は石油の9割を中東に依存しているが、その石油タンカーはこのシーレーンを通過する。台湾有事となれば、そこでの安全な航行が脅かされるリスクが出てくるのだ。台湾有事は、日本の中東ビジネス、ASEANビジネスにも甚大な影響をおよぼす。
先にも述べたように、台湾有事によって日中関係が悪化する可能性は高い。周知のように、中国は依然として日本にとって最大の貿易相手国であるが、台湾有事における日本の対応に中国が不満を強めることがあれば、中国側からエコノミック・ステイトクラフト(国家が目標達成のため、軍事的手段でなく経済的手段によって他国に対して影響力を行使すること)が実施される可能性が十分考えられる。2010年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件の際、中国は一方的にレアアースの対日輸出規制に打って出た。意図的な邦人拘束など露骨な行動はできる限り控えるかも知れないが、台湾有事によって日中関係が悪化すれば、エコノミック・ステイトクラフトなどのようなケースが増える恐れがある。
最後に、台湾有事において日本が受ける恐れのある被害は台湾内部のみから生じるのではないことを認識しておきたい。我々はもっと広い視野で台湾有事を想定する必要があるのだ。
<プロフィール>
和田 大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
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