現実を超えるVR世界へダイブ 2029年に実現するメタ空間(前)
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国立大学法人 琉球大学 工学部
教授 玉城 絵美2021年10月28日、IT業界の巨艦であるFacebookは社名を「Meta」(メタ)に変更した。創業者でCEOのマーク・ザッカーバーグは、同社の主力事業をSNSから「メタバース」構築に移すことを公言しており、耳慣れない「バーチャル空間・メタバース」について注目が集まっている。大手IT各社が先行者利益を目指して実現に鎬を削るメタバースの構築。皮膚感覚を拡張するボディーシェアリング技術の開発で知られる玉城絵美・琉球大学教授に、メタバースが社会をどう変えるのかについて聞いた。
現実を超越する世界 それがメタバース
──昨年、早稲田大学から琉球大に移られました。琉大工学部では初の女性教授ということでも注目されています。
玉城絵美(以下、玉城) 昨年4月に琉球大学工学部知能情報コースの教授に就任しました。工学部の女性教授としては私が初めてだったそうですが、私のすぐ後にもう1人工学部の女性教授が出たので、これからはもっと増えていくと思います。いまは沖縄と東京の二重生活を送っているような状態です。コロナ禍で沖縄に入ることが制限された時期もありましたので、検査薬を大量に入手してしょっちゅう検査してから沖縄入りしていました。
──2年前の2020年7月にインタビューさせていただいたとき以上に、玉城さんの研究内容であるボディーシェアリングがよりタイムリーなテーマというか、「時代が追い付いてきた」という感じすらします。コロナ禍で移動が制限されていること、さらに昨年10月にFacebookが社名を「Meta」に変更し、メタバース企業へ移行すると発表したことでバーチャル空間やヴァーチャルリアリティー(VR)に対する期待が高まっています。ボディーシェアリングが目指す皮膚感覚の拡張という意味では、バーチャル空間やVRでの感覚拡張の実現は当然目指すところだと思います。
玉城 メタバースとVRはほとんど同じものだと考えていいと思います。「メタ」には現実を超越するという意味があって、VRが目指す仮想現実のなかでも「もっと進んだ現実」という意味を含んでいます。現実よりしょぼいものであればただのVRで、現実よりすごければメタバースという、ざっくりとそういう認識でいいと思いますね。いまあるVRのほとんどは、ある意味ではメタバース上で現実より面白いことをやろうというものがほとんどで、とりわけ日本のVR界隈(かいわい)というのはメタバースに特化したような技術開発をしていることが多いのです。そういった意味ではVチューバーだったりチャットだったりデバイス開発会社だとかいろいろな分野でスタートアップ企業が元気で、研究分野でもメタバース関連分野で日本の研究者の成果は大きな割合を占めています。今後はMeta社だけに任せるのではなく、日本全体でコロナを乗り越える技術が広がるべきだと思います。実際に、バーチャルオフィスで働いている人も増えていますから。
──勤怠管理などをバーチャル空間で行う企業も増えましたね。
玉城 うちの会社(H2L)もメタバースのバーチャルオフィスで働くようになっていて、たとえばいま現在だと……(パソコン上で確認して)……7人が「出社」していますね(笑)。メタバースに限らず、簡易的バーチャルオフィスから非常に綿密につくられたリアルに近いオフィスまで、さまざまなものが出てきています。日本で簡単なものだと、Remoが一番有名ですね。もう少しバーチャルに近い三次元的なもので働くときはRISAとか。あとはclusterとかが有名ですね。
──メタバースが目指しているのは、現実の社会をインターネット上に再現することでしょうか。もう1つの世界をつくり、現実社会でできることをそのままできるようにするという。
玉城 最初に目指しているのは「デジタルツイン」という状態をつくることで、現実世界をそのままコピーしてバーチャル空間にもっていくということ。その次に目指すのが、本当の意味で現実を超越する“メタ”バースですね。たとえるなら、自分のアバター(分身)がひとっ飛びで50m上まで飛び上がることができたり。映画『マトリックス』(1999年公開)の世界がメタの例としてあがることもありますね。
──現実にできないことができるのがバーチャル空間だとすれば、そこにある種の肉体的感覚をともなっていることが理想ですね。
玉城 それが目指しているところですね。私だけではなくさまざまな国の方々もデジタルツインをつくって、そのなかで現実を超えた体験をつくろうとしているのがほとんどです。一番有名なのが「バーチャル渋谷」ですね。cluster内につくられた、実際の渋谷区が公認している配信プラットフォームで、かなりリアルにつくられていて楽しいですよ。
──玉城さんは高校時代に入院されていたことが研究のモチベーションになっているとのことですが、バーチャル空間上ではたとえ寝たきりであっても自由に動くことができます。
玉城 バーチャル空間のなかではほとんど身体的差異がないんです。最近では一度メタバース上にもっていってからまた現実社会に落とし込んでいくということも出てきています。たとえば、ロボットの動きを一度バーチャル空間に移したうえで、スマホとかファストVR(※1)を使って体の動きをメタバースなどのバーチャル空間上に移して、シミュレーター上で動かした動きを現実社会にもってきています。これで、遠隔地にいてもロボットを操作してイチゴを摘むことができる。ファストVRを使うと力の入れ具合まで伝達できるので、かなり繊細なものまで、理論的には58g単位の誤差まで再現できます。いまはまだ100g単位の動きですが、これまでは「1か100か」だったのでかなり繊細な動きになりましたね。これまでは力の制御が難しくてイチゴをぐちゃっと潰してしまっていたので。
最近は、メタバース上の他の人がどれくらい力を入れているかを認識して、その情報をいかに有益に使うのかっていうことも研究対象になっています。力の入れ具合や疲労度などもボディーシェアリングしたり。ふくらはぎのセンサーで人の緊張具合を推定できることもわかっているんです。文書作成中は80%緊張していて、休んでいるときは5%緊張とかっていうことがわかったので、それをアバターとボディーシェアリングして「あ、この人はいま忙しいんだな」とか。現実社会ではできなかったコミュニケーションを実現しようとしていますね。
──相手の状態が数値でわかるというのは、たとえるなら漫画「ドラゴンボール」のスカウターのような感覚ですか。
玉城 そうですね。スカウターを振り切りたいし、壊したい(笑)。実はそれに近いこともやっているんです。
※1:ファストVR=主に企業研修用に使われるVR(バーチャルリアリティー)体験デバイス(ヘッドセット)の1つ。 ^
(つづく)
【聞き手/まとめ:データ・マックス編集部】
<プロフィール>
玉城 絵美(たまき・えみ)
琉球大学工学部教授・H2L(株)創業者。沖縄県出身。琉大工学部では初めての女性教授。人間とコンピューターの間の情報交換を促進することによって豊かな身体経験を共有するBody Sharingの研究者兼起業家。2011年にコンピューターからヒトに手の動作を伝達する装置「Possessed Hand」を発表。米『TIME』誌が選ぶ50の発明に選出。同年には東京大学で総長賞受賞と同時に総代を務め博士号を取得。2012年にH2L,Inc.を創業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。15年から内閣府と経済産業省の科学研究・開発関連の委員を務める。早稲田大学人間科学部准教授などを経て21年から現職。関連記事
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