2024年09月04日( 水 )

地域経済とエシカル

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 地域経済の復興が謳われて久しい。しかし、経済の価値観がエシカルの視点によって今、変わりつつある。エシカルな地域経済についてのヒントを考えてみた。

佐賀県唐津市 イメージ    最近、「エシカル」という言葉をよく聞くようになった。エシカルとは直訳すれば「倫理的」という意味である。企業がエシカルを標ぼうする場合、製品や製造工程の環境負荷に対する配慮、子どもの労働問題、貧富格差に対する企業活動を通じての取り組みなどをアピールする。よく似た概念であるSDGsは、人類が安定的に発展することを目的として国連が定めた目標である。SDGsをエシカルの具体化と見なせば、エシカル自体はもっと抽象的な価値観そのものの表明である。たとえば、価格至上主義に対する対抗理念として、「価格を基準にしてモノを買うのではなく、倫理的なモノを買いませんか」という価値基準の転換を促すものである。

 だが、エシカル(倫理的)とは、広告宣伝における企業や商品のアピールポイントにとどまるものではない。エシカルを営利目的の宣伝材料として見る限りは、モノ(サービス)の付加価値の一種であることに変わりはない。しかし、エシカルを「経済活動の結果もたらされる利益を金銭的価値以外のもので享受する価値観」と見れば、それは企業にとってもまた個人にとっても、その活動や生き方そのものの転換を促す概念となる。

 さて「エシカル」という目新しい言葉や、「倫理的」という厳めしい言葉を使っても、その本質は身近で素朴なところにある。落語で次のような言葉を聞いた。江戸の下町の長屋で、職人と思しい亭主が、女房に小言をいう。
「しみったれた料簡でわざわざ隣町まで買いに行ったりするな。みっともねぇったらありゃしねぇ。少しぐらい高くたって町内で買え、町内で!」

 しみったれた料簡というのは、ケチな考えということで、女房が家計のために少しでも安い品を買おうとしてわざわざ隣町まで足を運ぶのを、亭主が咎めだてしているのである。亭主は町内に対する自分のメンツのことを言っているが、実質、彼は義理を重んじる職人としての倫理観を表明している。すなわち、モノを買うとは安いものを買えばいいというのではない、モノを買うとき、買う人は売る人の食い扶持を助けているのであって、それが重要なのだと彼が信じているということだ。

 今日の売買では、買う人は売り手の顔も見ず、売り手と話も交わさず、ただモノの情報と価格だけで買うことが当たり前になった。しかし、商売においてやり取りされるのは、モノ(サービス)と対価としての貨幣ばかりではない。本来、商売は人と人の関係を土台にした相互行為、いわば助け合いなのであって、貨幣はそれを媒介する要素にすぎない。商売上のエシカル(倫理)とは、助け合いの精神のことである。

 私は佐賀県唐津市という小都市に住んでいる。地域経済の復興はこの街でも大きな課題だ。私もこの街でささやかな経済活動を営む一市民として、日常の経済活動をできるだけ地元に還元するために、「誰から買うか」について考えた。家計のうち購入先を自由に選択できるのは食料品や日用品の購入費である。これらを唐津市内の商店街で買うことはなかなか難しい。主な購入先となるスーパーマーケットなどについて、地元企業がどれくらいの割合を占めているかを調べてみた。

 行政が公表している大規模小売店舗の届出記録などを見ると、唐津市内には1970年代からスーパーマーケットやショッピングセンターができ始めた。1990年代までの出店はほとんどが唐津市内の企業であったと思われる。ところが、1999年にそれまでの中心市街地から離れた国道202号線(バイパス)沿いに現在のイオン唐津ショッピングセンターが開業したことを皮切りに、今日に至るまで市外企業による郊外への広い駐車場を備えたディスカウントストアやドラッグストアが次々に出店した。唐津市内の小売業総売場面積は、地元企業中心の1990年代までは5万m2程度だったと思われるが、2022年には16万m2程度まで拡大している。その間、地元企業は軒並み淘汰され、現在、市内企業が占める面積はその10%前後と思われる。もちろん市外企業の店舗でも地元の農水産物や加工品を買うことはできるとはいえ、「誰から買うか」の選択肢に地元企業を選ぶのはなかなか容易ではない。となると、飲食店での消費が手っ取り早いということになるが、生活費に余裕がないと外食費にはお金を回せないのが現実である。しかし、そこに地域商品券が出てくると飲食店で消費するきっかけになる。

 唐津市でも、コロナ禍における地域経済の振興策として地域商品券が発行された。商品券の総額は、紙:2億円、電子通貨:4億円。発行額のうち市の負担金は、紙:4,000万円、電子通貨:8,000万円である。1人の購入可能額は、紙券なら最大2万円分を1万6,000円で、電子通貨なら最大10万円分を8万円で買える。使用期間は年内、使用可能な店舗は地域の小規模事業者が優遇されている。

 地域通貨は、直接的に地元の小規模事業者などでの消費を促す効果が期待できるが、それにとどまらず、「地域経済を支える」というエシカル(倫理的)な経済行動についての考え直すきっかけともなり、将来的には、教育的利用も考えられるだろう。

 先にも述べたように、エシカルの価値観で経済活動を見直すと、生き方そのものを見直すきっかけになる。都市部では新しいライフスタイルを探求する人々に応えて、それを可能にするサービスを提供する動きが進んでいる。自動車、自転車、住宅、家具といった耐久消費財をシェアしたりサブスクしたりするサービスである。できるだけ個人所有を低減させ身軽なライフスタイルの実現を可能にするサービスへの需要は、これからの人々の所有や消費と、豊かさの観念との関係を大きく変える可能性がある。これもエシカル(倫理的)な流れの1つである。

 唐津をはじめとした小都市が魅力的な生活の場所になるには、エシカルな価値観に見合った街になること必要だ。それは、今現に生活している人にとっても、また新しく移住してくる人や、新しい世代のためにも、明るい未来予想図を考えるヒントになると思う。

【寺村 朋輝】

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