『脊振の自然に魅せられて』「秋の花 センブリと感動の初対面」
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前回(「露を付けたミゾソバとノコンギク」)より
脊振の縦走路の途中に魅せられた場所がある。自然保護のため場所はいえないが、見晴らしの良いこの場所は、天気が良ければ佐賀平野を流れる筑後川が河口を広く開け有明海へと注いでいるのを見ることができる。筑後川は太陽の光に反射し、鏡のように輝いて見える。その奥に雲仙岳が大きく聳え、右に視線を移すと多良岳の美しく長い裾野が有明海に伸びている。
脊振山に目を移せば、航空自衛隊のレーダードーム、目の前には気象レーダーの白いドームが青空に浮かんでいる。航空自衛隊の白いレーダードームをメロンパン、気象レーダーをサッカーボールと呼ぶ若い登山者もいる。レーダードームの継ぎ目が六角形の網目になっているからである。
筆者は、この場所で有明海や雲仙岳、太良岳を眺めながらアンパンとコーヒーで休憩するのが定番となっている。のんびりできる場所である。
今年6月、小雨のなか、傘を差して花を求めて日田市からやってきていた老夫婦がいた。しばらく一緒に歩き、この地にくると「これセンブリの芽です」と教えてくれた。一目では分かりづらい、スギナを小さくしたような芽であった。腰を屈めて数を確認した。砂地と灌木の間にたくさんの若芽を出していた。脊振山系でセンブリの存在は伝え聞いていたので、何度もこの地で目を凝らして見て回ったが見つからなかった。やっと出会えたのである。開花する9月を楽しみに待った。
キャンプ場でミゾソバとノコンギクの撮影を終え、脚を伸ばしたのは、センブリの開花状況を確認するためである。
平尾台や天山で見るセンブリとは違い、背振の背の低い白い花をたくさん付けていた。
「やっと会えた」私は小躍りしてザックからカメラを取り出し、撮影の準備をした。広いビニールシートは車のなかに置いてきていた。背が低い花は、腰を低くし、膝をついて撮影する。ザックのなかには、保冷用の厚めの銀色のシートを常時準備している。このシートは、撮影時には光を反射させるレフ板としても利用できる。膝を痛めないようにとこのシートを地面に広げ、膝をついた。キャンプ場で使ったニコンの一眼レフと180ミリのマクロレンズも車内においてきた。
ザックにあるのはソニーのミラーレスカメラとスマホのみである。手ブレを防止するため、100円ショップで買ったスマホ用の自撮り三脚を使って撮影した。右目が眼底出血の治療中なので、ピントがはっきり見えない。カメラまかせで、勘で撮影した。帰宅して写真を確認すると、ピントと構図は納得できるものではなかった。それでも、筆者にとって脊振山系でセンブリと初対面できたのは大いに満足できることだった。
「センブリの花が咲いています、見に行きましょう」。ワンゲルOBである「脊振の自然を愛する会」のメンバー3人と女性会員1人を誘って、再びセンブリに会いに行った。初対面から9日も経っていたので、花の時期を過ぎたのではないかと心配しながらの道行きだった。
椎原登山口から矢筈峠まで山道を歩き、そこから縦走し、このポイントにやってきた。
この地に来ると、なんとセンブリのお花畑になっていた。砂地と灌木の境に、たくさんの花が咲いていた。たった9日でこんなに成長するのかと感動した。
背丈を10㎝ほど伸ばし、一輪だけの花をつけたセンブリが10株ほどあった。仲間も感動し、カメラ好きの Hが夢中で撮影していた。撮影も一段落したところで、珍しく先輩 Tが「飯を食おう」と石に腰を下ろした。それぞれ適当な石に腰を下ろして昼食をとった。先輩Tは、いつもは携帯食を口にして歩き続けるタフな山屋である。めったに飯を食おうと声をかけることはない。一度、広島の山にカタクリを見に行ったとき、仲間が飯を食わして貰えないのでシャリバテ(空腹)で座り込んだことがある。センブリを見て、よほど嬉しかったのであろう。
曇天のなか、雲仙岳がぼんやり見えていた。贅沢な時間である。夫婦と思われる2人づれが離れた場所で休憩していた。花の存在に目もくれない。ただ登山を楽しんでいるだけの2人であった。「もったいないなー、花を見ないなんて」。先輩 Tが呟いた。我々は、花との出会いに感動を求めて山を歩いている。ベテランの域か歳を重ねたのか。縦走路を椎原峠へ回り登山口へと下った。ここから登山口まで、所用時間は約1時間30分であった。
3日後、三度目のセンブリの撮影に行った。この日は自衛隊の道路工事も日曜日のため休みだった。椎原バス停から板谷集落から自衛隊専用道を利用し、脊振山頂駐車場に車を停めた。
センブリの場所まで縦走路を歩いて30分である。センブリは、その後どうなったであろうか。三度目は会えるだろうか。この地に来ると、3日前に有ったセンブリが消えていた。咲いていたはずの場所に目を凝らして見て回った。
センブリは茎もなく、忽然と消えていた。さらに周辺を隈なく歩いて探す。家族や兄弟のセンブリが僅かに生き残っていた。ソニーのミラーレスにマニュアル撮影用のマクロレンズをセットする。背景をボカすため、レンズ側にある絞りを開放値で撮影。シャッタースピードはカメラ側のダイヤルを回し、モニターで明るさを確認して撮影する。場所を移動し、別のマクロレンズに交換して僅かに生き残ったセンブリの撮影をした。家族のように群生しているセンブリを見ると、蕾がたくさん残っていた。早朝のため気温が低く陽も当たらない、蕾が開くまで時間が必要なのだろう。
撮影も一息ついたので、定番のアンパンとコーヒーで英気を養った。この日は、雲仙岳の山頂も雲で隠れていた。少し寒いが、ゆっくりと時間が流れていった。「元気でね!」とセンブリに分かれを告げ、山頂駐車場へ戻った。この日は午後から雨予報だった。早朝には賑やかだったテントの花は撤収され、1張りだけ残っていた。
前回撮影したミゾソバとノコンギクを見て廻る。残念、見事に草刈機で狩られていた。ノコンギクのみが僅かに残っていた。キャンプ場の端なので雑草と思われたのであろう。前回撮影しておいて良かったと、安堵する。
帰宅して思った。なぜセンブリは跡形もなく忽然として消えたのであろうか? 多分、根こそぎ持ち帰られたのではないか。胃腸の調子が悪いので、家内にセンブリを出してもらった。冷凍保存だが、根っこから採掘されたものであった。センブリは、胃腸に良い高価な薬草でもある。
平尾台や天山で見ることができるセンブリはムラサキセンブリが多く、脊振で見たのはセンブリだった。植物図鑑によると、ムラサキセンブリは日本薬局方の漢方薬からは外れているとあった。
脊振の自然を愛する会
代表 池田友行関連キーワード
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