2024年09月03日( 火 )

通信空間に埋没する個人と、組織管理(マネージメント)(1)

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 私が初めて就職した際、早々に上司から叱責を受けたことがある。商品パッケージ上の外国語の意味が分からずに辞書を引っ張り出して悠長に調べ始めた時であった。あとから考えるとまったく場違いな行為で注意を受けても仕方なかったのだが、叱責の文句が気になったため後々まで憶えていた。私が受けた叱責は次の通りだ。

「拘束時間は9:00~18:00です。その間、ちゃんと業務をするように。」
 辞書を持ち出した行為が業務として相応しくないのはもっともだ。やるべきことはほかにあるからだ。お勉強は家に帰ってからすべきという意味だろう。
 しかしその後、長く業務に身をおくなかで、上司があえて「拘束時間」という言葉を使ったのにはもっと深い理由があると考えるようになった。

事務員を万能にした通信空間

インターネット空間 イメージ    インターネットのおかげで、地方の小都市にありながら、遠方の都市や海外の企業と取引し、仕事や商品を動かすことが当たり前の時代になった。インターネットは地方の事業者にとって、限られた資金、人材で大きなビジネスチャンスをつかむことができる、万人に与えられた「てこの原理」であった。だが、小さい事業者にとってはチャンスである一方、大きい事業者にとっては逆向きの大きな力となった。

 ビジネスの連絡ツールとしていち早く普及したのはEメールである。2000年代にデータ通信の大容量化・高速化、パソコンの低価格化が急速に進み、1人ひとりがインターネットにつながる時代になった。パソコンの高性能化は画像や資料の作成を手軽にし、PDF等の標準化によって誰もがパソコンやスマホ上で電子ファイル化された資料を読むことができるようになった。さらにファイルサーバーやクラウドサービスによって、どこにいてもファイルを扱うことが可能になった。このように、資料作成から通信、閲覧、保管までの一切をインターネットに接続されたコンピューター内で完結させる環境が整った。そのなかでEメールは、完成した資料を添付して送付する手軽なツールとして、利用はさらに拡大した。

 インターネット通信とパソコンの高性能化によって、ビジネスの事務は大きく変わった。特別な技能をもたない事務員が1人で、文章だけでなく画像や動画を用いて詳細な資料を作成し、ネットで検索した知識を即席で身に着け、インターネットの翻訳サービスを利用して、海外等の遠隔地に対してリアルタイムで取引を行うようになった。事務員が1人でできる業務の幅が格段に広がったのである。

 このとき事務員は組織の業務基盤を超えて、インターネット上のサービスやパソコンのソフトウェアを駆使して、組織に対して事務員側から機能を提供している。一方で事務員に対してさまざまなサービスを提供する事業者側は、組織の壁をすり抜けて個々の事務員と機能的に結びつきながら、世界中の利用者を一元的なシステムに結びつける可能性を見つけるようになった。

 ITはあらゆる機能を提供する空間として事務業を取り込み、物理空間を超えたところに仕事を情報としてやりとりする通信空間をつくり出した。そのなかで事務員は、通信空間内の大規模なサービスと結びつきながら、自身が所属する組織から機能的に独立し始めた。

 しかし、ITの通信空間は決して束縛のない自由空間ではない。物理的な障壁を超えて世界中の利用者とつながることができるのは、それを可能にする標準化された規格が存在するからであり、その規格によって通信空間は利用者を縛る性質をもっている。

 次章では、ビジネスの現場でもっとも利用される連絡ツールであるEメールを参考に、通信空間の性質を考察する。

(つづく)

【寺村 朋輝】

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