国家のために「死ね」と導く思想・手法!
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佐藤優 聞き手・姜尚中著『国家のエゴ』(朝日新書)
猛暑のなか連日、市民、女性、若者が「戦争法案」反対で国会を取り囲んでいる。日本が「戦争ができる国」ではなく、積極的に「戦争をする国」になったことを多くの国民が実感している。
佐藤優氏は本書のなかで「国家は法律を定めて国民を徴兵することが可能です。そして戦場に送り出し、敵と戦え、国家のために死ねと命じることもできます。国家の力がむき出しになり、私たちに向かってくるのが戦争なのです」と語っている。「戦争を正面から考える」際のヒント
本書は第1部「今戦争を正面から考える-私が読者に伝えたい、いくつかのこと」(2013年に聖学院大学で行われた佐藤優氏の講演記録を大幅に加筆したもの)と第2部「“新・戦争のできる国”の正体-その先に何があるか」(姜尚中氏が佐藤優氏にテーマを投げかける対談形式)で構成されている。
佐藤優氏(作家、元外務省主任分析官)も姜尚中氏(東京大学名誉教授、元聖学院大学学長)も謎多き人物である。その異色な“知の巨人”2人の組み合わせであるが、本書には、日本が積極的に「戦争をする国」になった今、若者、母親を含む女性など多くの市民が「戦争を正面から考える」際のヒントが数多く散りばめられている。文字も大きく、内容も易しく書かれており、重いテーマではあるが、読みやすい。
いつでも戦争ができる態勢になった
【日本で戦争をすることを決めるのは誰か?】戦前の大日本国憲法では、天皇にその権限があると決められていた。現在は、2013年12月に“戦争決定機関”として創設された「国家安全保障会議(NSC)」がその役割を担う。その根拠となる法律は「安全保障会議設置法」である。
NSCは内閣に設置され、内閣総理大臣を議長に事態の緊急性や重要度によって会議参加できる閣僚を限定し、日本にとって安全保障上の危機が起きたときに、外交交渉によって平和裏に解決するのか、武力を行使するのかを決める機関である。「安全保障会議設置法」が成立したその瞬間から、「日本がいつでも戦争ができる」態勢になったことを意味する。NSCと「特定秘密保護法」は本体と付録の関係である。特定秘密保護法によって、軍事機密の範囲がどんどん拡大される危険性があり、国民から遮断される情報も増える。条文を読んだ国際社会の専門家筋は、「そうか、日本は、場合によっては、進んで戦争をする態勢を整えているのだな」と理解している。
なぜ、人間同士の殺し合いが可能に
【国民を兵士として、あるいは戦争支持者として動員するには、人間の精神にどのような働きかけを行うのか?】戦争ではお互いに会ったこともない人間同士が殺し合いをする。では、なぜ人間にそのようなことが可能になるのか。
国民を戦争へと駆り立てる手法は、「わかりやすく勇ましいスローガンの連呼」「一糸乱れぬ兵士の行進」「軍艦や戦闘機の映像や写真」「マスメディアに国の意向通りの報道をさせる」などいろいろある。
他人には「死ね」と言えても自分の命は
学徒出陣として戦地に赴く若者、特攻隊に志願した若者がやがて迎える自分の死に、意味を見出そうと盛んに読まれた本『歴史的現実』(京都帝国大学文学部教授の田辺元の講演録)がある。
その内容は、「個々人の生命は有限である。しかし、日本人という種は永遠に生き残っていく。そんな悠久の大義に自分の命を差し出すならば、あなたの命は日本人という種の中で永遠に生きるのだ」となっている。即ち「お国のために進んで死ね」と言っている。
田辺は戦後『懺悔道としての哲学』を著している。その内容は「よく考えてみたら、私は間違っていた」ということに尽きる。しかも、その田辺は1945年に京都帝国大学を定年退官して軽井沢に転居した。当時、外務省は在京外交官とその家族の疎開場所を箱根と軽井沢に決定している。つまり、日本で一番安全な場所である。他人には「死ね」と言えても、自分の命は惜しかったみたいである。3.11後の「福島原発事故」の際、国民には安全と言いながら、自分の家族はせっせと京都、九州、国外に逃がした政権関係者の行動とオーバーラップする。
「死者との連帯」という巧妙なマジック
なぜ、あれだけ多くの将来ある若者が田辺のマジックにかかってしまったのか。それは田辺が「死者との連帯」を呼びかけたからである。多くの国民が自分の「生」が途中で断ち切られる可能性が高くなったと感じた時、「死者との連帯」に成功した思想は著しく強くなる。それは、今生きている人よりも死者の方が圧倒的に多いからだ。死者との連帯が深くなればなるほど、誰にも戦争は止められなくなる。
そんな思想を背景にした政治勢力は、周囲から見れば、どんなに非合理的、非人道的であっても根絶は難しくなる。同時に人を殺すことに抵抗を覚えなくなる。言葉と知性を信じていない安倍政権!
本書には、実に的を射た安倍政権に対する2人のコメントもあるのでいくつか紹介したい。
・「安倍政権は、言葉と知性を信じていない人たちです。だからといって力を信じているわけでもなさそうです。ニヒリズムに支配された政権のように見えます」(佐藤優氏)
・「安倍政権は、私たちから見るとマンガのようなことを、ものすごくシリアスに演じている。自分たちが望んだことを実現する為に、ある事実を歪めたり、都合のいい部分だけを拡大して見せたりする」(姜尚中氏)
・「安倍首相に限って言えば、その案件を進めることがたとえ合理性を欠いていても、いったん言い出したら、とにかく達成しなければ気がすまない」(佐藤優氏)この本を読んだ後に、街頭演説などに注意深く耳を傾けてみた。すると、すでに市井には第2、第3の田辺元が出てきていることを感じて驚いた。
【三好 老師】
<プロフィール>
三好 老師(みよしろうし)
ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。関連記事
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