半鎖国のすゝめ(前)
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広嗣まさし(作家)
かつて丸山眞男の『日本の思想』を読んだ時、日本の思想には歴史が欠如していると書いてあったのを読んで、なるほどそうなのか、と思ったものだ。
それまでに日本思想史の本を何冊か読んでみたが、仏教、神道、儒教、近代西洋思想などがそれぞれ別個に記述されており、一向に日本思想に行きつかないと歯痒く思っていた。ところが、さすがは丸山先生、日本思想史は各時代を貫く時間軸が見えず、さまざまな思想の断片がごちゃごちゃと並んでいるだけだと喝破したのである。
しかし、その後こう思った。これってどういうことなんだ。日本人の頭脳は、さまざまな国の思想の断片が整理されぬままに雑居しているだけなのか。とすれば、日本人の頭脳はとんでもなく混乱に満ちており、ほとんど思考停止状態に陥っているということになるだろう。本当にそうなのか。
そんなことを思っているとき、かの有名な人類学者クロード・レヴィ=ストロースの『野生の思考』なる本を読んだ。すると、いきなりすべての謎が解けた。日本思想の解明のための本ではなく、「未開人」の思考法に関する本であり、著者によれば、「未開人」の思想が人類に共通の根本思想なのだという。これが日本思想の核心を解明するのに役立った。以来、私にとってこの本はバイブルである。
人類は神話を構築する動物であり、それぞれの社会が構築する神話は1つの構造体であって、それを支える要素はどこかから借りてきた断片にすぎないとレヴィ=ストロースはいう。つまり、神話とはコラージュであって、そう見ない限り非論理的なものに見えてしまうというのだ。これを読んだ時、なるほど日本の思想もさまざまな思想の断片のコラージュであり、それによって1つの神話を維持しているのだとわかった。神話であるからには、歴史が排除されて当然なのである。
その時思ったのは、日本思想がそういうものならば何も心配することはないということだ。日本思想は人類としてごく当たり前の思想であり、丸山眞男が日本思想には歴史が欠けていると焦ったのは、歴史の構築を目指す西洋文明の思想に彼が圧倒されていたからだとわかったのだ。レヴィ=ストロースによれば、西洋文明の思想など人類史の1ページを飾るにすぎない。
(つづく)
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