2024年10月03日( 木 )

半鎖国のすゝめ(後)

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広嗣まさし(作家)

日本神話 イメージ    さて、日本を神話の国として見るとき、これを維持しなくなれば日本は日本でなくなるということも見えてくる。日本人が自らのアイデンティティーを守りたいのなら、その神話世界を守る必要があるのだ。日本人も無意識にそれを知っていて、であればこそ、天皇神話が続いていると思えるのだが、だからといって、天皇制を強化せよと言いたいのではない。というのも、現在の天皇制は生き生きとした神話ではもはやなく、一種のイデオロギーと化しているからだ。

 日本にも歴史はあり、戦争もあれば、社会変化も当然あるのだが、それでも何とか古来の神話を存続させようとしている。仮にある時点で天皇制がなくなったとて、それに代わる神話構造体を維持する努力は続くだろう。

 だが、それを維持するには、歴史という暴力的な力に対して抵抗力をつけておく必要がある。前出のレヴィ=ストロースは、神話的な社会は歴史からの影響を最小限にとどめようとすると言っているが、その努力が「文明」の力によって脆くも崩されることに警鐘を鳴らしている。これを踏まえれば、日本は今後、世界史に対して一歩引いて構える必要があるということになる。

 鎖国時代から開国時代に入ったときの日本には、世界史というものが燦然と輝いて見えたようだ。世界史を西洋人にならって西洋中心主義で見たためである。自分たちも文明国の仲間になろう、と足元を見ずに突っ走ったのだ。その結果が大失敗であったことは、第二次大戦での敗北が物語っている。神話的世界が歴史に足を踏み入れれば、失敗するに決まっているのだ。

 それでも日本人の神話構築力は生き残った。驚異の経済復興はこの神話力の成果である。問題は現在進行中の世界史との関わり方である。世界史の現在が人類を悲惨な状況へと追いやっている限りにおいて、そのような歴史に直接参加して得ることはないといえる。日本は世界史から一歩引いて構えるべきなのだ。

 具体的には日米関係を形式的に続けながら、他の国々とも適度な距離で付き合い続けることだ。外からは「日本は不透明だ」と見えても、気にすることはない。スイスはヨーロッパの中心にありながらEUに加盟せず、中立を保っているではないか。日本が完全に中立となることは許されないとしても、諸外国との関係が日本の核心をゆらがせるようなことがあってはならないのだ。

 日本が世界に誇る文化が寿司、和服、相撲、そして何よりマンガであることを忘れてはならない。いずれもが江戸時代の遺産で、それが鎖国時代に花開いたのである。今さら鎖国が無理ならば、部分的鎖国でよいではないか。

(了)

(前)

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