2024年11月29日( 金 )

一刻も早く女性天皇の実現を~皇室をお救いするために(後)

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福博総研 代表取締役 原 崇則 氏

 企業向けに人事労務コンサルティングを手がける福博総研(株)代表取締役・原崇則氏は、「皇位の安定継承」のために女性天皇の実現を訴え、本年12月、敬宮愛子さまの誕生日に合わせて世論を喚起するイベントを計画中である。イベントはSNSを中心に徐々に反響が広まり、皇室を思う人々から協力の申し出が絶えない。なぜ地方のいち経営者がこのような行動を始めたのか。そこには揺るぎなき信念と福岡出身者ならではの理由があった。

九州を守った女帝

 ──過去には女性の天皇がいましたが、あくまで中継ぎだったという意見もあります。

 原 女性天皇は江戸時代まで存在しましたが、大きな功績を残した方もいます。そもそも、初めて「天皇」という称号を名乗ったのは推古天皇です。我が国の名前を「日本」に決めたのも持統天皇です。

水城跡 イメージ    福岡には、大宰府を守るために築かれた「水城」という防壁が残っています。これを造営するように命じたのは斉明天皇という女帝でした。後の鎌倉時代に元寇が起きますが、第一回目の元寇(文永の役)の際、博多の街は元軍に占領されてしまいます。近年の研究で、日本軍は水城を防衛ラインに設定し、そこで体制を立て直して反転攻勢に出た結果、元軍は退却したことが分かってきました。つまり、斉明天皇という女帝が水城をつくっていなければ、九州は元に征服されていたかもしれないのです。

 斉明天皇を供養するために、息子の天智天皇は、大宰府に観世音寺を建立しました。その寺は「三戒壇」と呼ばれ、僧侶の資格を得るためにはそこで修行するか、奈良の東大寺または栃木の薬師寺に行くしかなく、当時は大変賑わっていたそうです。女性天皇が当時の人々に尊敬されていた様子がうかがえますね。

 ──福岡の歴史という観点からも、女性天皇の実現を願っているわけですね。

 原 福岡の歴史や神社仏閣を知っていくと、自然と天皇が女性でも何も問題ないと考えてしまいます。保守層は「神武天皇からの男の血統」を重要視しますが、北部九州の神社では、神武天皇の叔母にあたる豊玉姫命、母にあたる玉依姫命を祀る神社が多数あります。なぜか、神武天皇ではなくその叔母や母を祀ることが多いのです。

 また、神功皇后も北部九州ではかなり多数の神社で祀られており、たとえば宇美町、志免町、箱崎など、その皇后に由来する地名も多いのです。福岡で最も皇室とのつながりが深い「勅祭社」である香椎宮は、神功皇后と元正天皇という2人の女性がつくったものです。

 このことから、古代の人々が神武天皇や男の血統を重要視していたのか疑問です。私は、当時の人々はそれらを意識しておらず、その皇族が男女関係なくどのような功績を残したかで尊敬されていたものと考えています。

保守こそ皇族のお言葉に耳を傾けて

 ──伝統とは何かを考える必要がありますね。

 原 天皇陛下がつい先日(2月23日)のお誕生日に、「皇室の在り方や活動の基本は、国民の幸せを常に願い、国民と苦楽を共にすることであると思います。そして、時代の移り変わりや社会の変化も踏まえながら、状況に応じた務めをはたしていくことが大切であると思います」とのお言葉を述べられました。私は伝統は大事だと思っています。しかしながら、時代が進んだり、社会が変わっていくにしたがい、徐々に伝統も変わりゆくもので、何も考えずに従来の伝統にしがみついていては、伝統は悪弊になってしまうとも思います。

 それこそ、天皇が男系男子しかなれないというルールは、明治時代に西洋の法令を参考に制定されたもので、当時から「我が国は古くから女帝を立てる慣習があるのに、今の時代になって男子に限るのは伝統破壊である」との批判がありました。

 また、長らく皇位継承を支えてきた側室制度も、大正天皇、昭和天皇の時代になると国際関係や国民感情に配慮し、自ら側室を取らなくなりました。上皇陛下が一般国民である美智子さまとご結婚されたのも、伝統を破った事例です。上皇陛下や天皇陛下が妃とともに子育てをするというのも前代未聞のことですし、被災地訪問で国民と同じ目線で座って話を聞くのも平成からのことでした。

 このように、天皇や皇室は、時代や社会情勢に応じて自らの在り方を常に模索され、先例にないことを実現してきたのです。

 しかしながら、保守や右翼を自称する方々は、昔から皇室のお考えを「忖度」せず、伝統を守れとバッシングしてきた悲しい歴史もあります。上皇陛下のご結婚の際は「平民の粉屋の娘と結婚するな」と言い、平成に入って被災者と同じ目線で話をしたら「権威がなくなった」と批判したのです。皇太子時代の天皇陛下や雅子さまへのバッシング、上皇陛下のご譲位への批判も、記憶に新しいところです。

 普段から皇室を敬愛している保守の方々こそ、陛下や皇族方のお言葉に耳を傾け、素直に受け止めて欲しいと思います。

 ──今後の活動やイベントについて教えてください。

 原 皇位の安定継承につながる女性天皇の実現は、最後には国会が決める事柄になります。そのためには、一般の方々に関心をもっていただく必要性を感じています。12月に予定しているイベントでは、あまり皇室に詳しくない方でも受け入れやすいように、愛子さまへのお祝いの気持ちを込めながら、楽しい企画やわかりやすい展示を通して来場者に訴えかける予定です。ゲストや詳細が決まれば、ホームページなどで告知していきます。そのイベントをきっかけにして、女性天皇への世論のうねりをおこし、最後は政治家の背中を押していけるように大きくしていこうと考えています。

(了)

【近藤 将勝】


<プロフィール>
原 崇則
(はら・たかのり)
1989年生まれ。福岡市出身。西南学院大学法学部卒。地方公務員、社労士事務所勤務を経て、福博総研(株)設立。社会保険労務士開業。

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