【鮫島タイムス別館(11)】ウクライナ戦争を機に日本に求められる外交感覚のリセット
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意義そのものが問われ始めた岸田首相のキーウ訪問
ウクライナのゼレンスキー大統領から直々に要請された岸田文雄首相のキーウ訪問がいまだに実現しない。今年5月に地元・広島で開催するG7サミットで議長役を務めるというのに、G7首脳のうち現地でゼレンスキー大統領に対面していないのは岸田首相ただ1人となってしまった。このまま広島サミットを迎えたら、岸田首相のメンツは丸潰れだ。
岸田首相はサミット前のキーウ訪問を何としても実現したいようだが、安全確保の面から政府内では慎重論が強い。自衛隊は「要人の海外警護の任務は想定されていない」と突き放す。警察庁も安倍晋三元首相の警護の大失態に続いて現職首相でも万が一の事態が起きれば威信が失墜する。政府内でキーウ訪問を実現させる機運は実に乏しく、首相の掛け声ばかりが空回りする状況に陥っている。
そもそも岸田首相のメンツのためにキーウに行く必要があるのかという声もSNSでは出始めた。わざわざ現地に赴く以上、手ぶらというわけにはいかない。ロシアとの戦争を後押しする軍事的・資金的支援という「手土産」が欠かせないという話になろう。
岸田政権はこれまでもウクライナを全面支援する米国に追従して、防弾チョッキやドローンなど防衛装備品の支援に踏み切ったが、自民党内では「殺傷能力のある武器の支援」を主張する声が強まっている。首相のメンツの守るためのキーウ訪問が日本の専守防衛や武器輸出規制の根幹を打ち壊すトリガーとなりかねない。
それに岸田首相が今さらキーウを訪問しても国際社会はほとんど関心を示さないだろう。日本はハナから米国追従であり、米国の意向に反してロシアとウクライナの停戦合意に動くというような独自外交を仕掛けることはあり得ないと見通されているからだ。
どんなに軍事・資金両面の「手土産」を持参したところで、国際政治上のインパクトはほとんどなく、首相のメンツを保つだけとしたら、あえて安全面のリスクを冒して隣国ポーランドから10時間も列車に揺られてキーウに乗り込むことはないと考えるのは、極めて常識的な発想だ。政府内で岸田首相のキーウ訪問ではなくゼレンスキー大統領の広島サミットへの招聘が検討されているのは、ごく自然な流れである。多極化する世界 日本は中立と自身の外交理念を貫け
そうしたなかで、米国と覇権争いを繰り広げている中国がついにロシアとウクライナの停戦合意を目指して動き出した。ロシア侵攻から1年となる2月24日、敵対的行為の停止や和平交渉の再開を促す12項目のプランを公表し、仲介役に名乗りをあげたのだ。
ウクライナの国土は荒廃し、欧州や日本の経済がエネルギー価格高騰にあえぐなか、米国の軍需・エネルギー業界は潤い、西側陣営に限るとウクライナ戦争は「米国1人勝ち」の様相である。バイデン政権は来年の大統領選再選を目指してウクライナへの軍事支援を拡大し、戦争を泥沼化させても「打倒プーチン」を追求する構えだ。中国主導の停戦交渉への動きにも極めて冷淡である。
それでも中国はお構いなしだ。秦剛外相は3月16日、ウクライナのクレバ外相と電話会談し、ロシアとの停戦に向けて建設的な役割をはたす考えを伝えた。米メディアは、中国の習近平国家主席がロシアを訪問し、プーチン大統領と会談した後にゼレンスキー大統領と会談することを計画していると報じている。ゼレンスキー大統領も習氏との対話を希望しており、米国の思惑とは裏腹に、一定の成果が出る可能性も否定できない。
平和国家・専守防衛を国是としてきた日本の役割は本来、中立的立場から停戦合意に動くことであっただろう。しかし、ロシア軍の侵攻直後から米国に追従してウクライナを全面支援し、ロシアへの経済制裁に加わってプーチン氏から敵国視され、仲介役の資格を失った。国内世論も「ウクライナ=正義、ロシア=悪」の善悪二元論に染まり、停戦合意を訴えると「ロシアの味方か」と罵詈雑言を浴びる重々しい空気に包まれたのである。その結果として防衛力増強の声が高まり、専守防衛を逸脱して敵基地攻撃能力を持つ巡航ミサイル・トマホークを米国から購入・配備することが決定し、その財源を確保するための防衛増税まで提起されたのだった。
中国が停戦を目指す動きに対し、西側では「ロシア寄りで中立とは思えない」と見る向きが強い。その指摘はもっともだが、だとすれば日本も西側陣営に身を置く立場から中国とは別のアプローチで停戦に動くことができるはずだ。
G7で唯一の非欧米国である日本がこのタイミングでG7サミット議長を務めることに歴史的意義があるとすれば、米国からいわれるがままウクライナに全面的に肩入れしてロシア包囲網を強化し、戦争の泥沼化・長期化に加担することではなく、西側陣営のなかから一刻も早い停戦を目指して動くことではないのか。
米国の言いなりでウクライナに対する軍事・資金両面の支援をどんなに拡大しても、G7サミット議長国としてロシア批判の声を張り上げても、国際社会で日本の地位が上がることはない。逆に「米国が陰で操るウクライナ戦争」とは一線を画するG7以外の大多数の国々から冷淡な眼差しを向けられ、中国がますます存在感を高める一方で日本の影は薄くなるばかりであろう。
国際政治・経済の中心はG7(米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、日本、EU)からG20(G7+中国、インド、ロシア、ブラジル、南アフリカ、トルコ、インドネシア、サウジアラビア、メキシコ、アルゼンチン、豪州、韓国)に移っている。インドで開かれたG20外相会合をG7議長国である日本の林芳正外相が国会出席のために欠席したのは頓珍漢な日本外交を象徴する光景であったが、G7サミット議長国のメンツを守るために「キーウに行くこと」ばかりに血眼になる岸田首相も時代錯誤といえよう。
ウクライナ戦争は国際社会が米国一強から多極時代に突入したことを可視化した。日本も「米国に付き従っていれば間違いない」という凝り固まった外交感覚をリセットしないと、進むべき道を見誤ることになる。【ジャーナリスト/鮫島 浩】
<プロフィール>
鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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