習政権「3期目」と国民が乗せられた“泥船”(後)
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ジャーナリスト 姫田 小夏
異例の「3期目」に突入した習近平政権だが、中国では“習離れ”が止まらない。ゼロコロナ政策の終了で回復するかと思った経済もガタガタ。大学生は卒業と同時に失業し、家族持ちは住宅ローンに苦しむ。そんな習氏治世の中国からは海外逃亡者が増えるばかりだ。「中国の夢」に希望を抱いた「1期目」とは打って変わり、中国の民衆は “泥船”に乗せられた我が身を憂いている。
「高値つかみ」というババを引いてしまった中国人
今年1月、招商銀行は22年の業績について、初めて運用資産額が10兆元を超えたと報じた。中国の金融最大手のうちの1行といわれる同行は1億8,000万人の顧客をもつといわれるが、ある中国人アナリストによれば「そのうちトップの資産家400万人の資産で9兆元超を占めている」という。
これが意味するのは富の集中だ。こうした「超」がつく資産家は、1990~2000年代の中国の“不動産黎明期”にいち早く住宅を手に入れ、その後の上昇局面で売却、現金化した資産を株や理財商品に投じて、富裕になった人々だ。
振り返れば、1990~2000年代初頭において、上海の住宅は日本円でわずか数百万円程度で購入することができた。こうした不動産を買いあさった人々が“先富論”の体現者となっていった。そのプレーヤーは現在50~60代、1950~70年代生まれが中心だといえよう。
一方で、今の30~40代は残念ながら「富」には恵まれない世代、ネット上ではこんな嘆きの声が漏れる。
「80後(1980年代生まれ)の私はすでに40歳を超えた。2004年に深圳にきて、香港系、台湾系、米国系企業を顧客に物流企業で管理職をしていたが、今ではデリバリーで生きている。親に向ける顔もない」。
中国で40歳を超えた年齢といえば、たいていが結婚して住宅を購入し、子育てを楽しむ最も充実した世代だといえる。だが、中国で最も悲惨な目にあっているのはこうした世代だ。なぜなら彼らはおそらく住宅を購入する際に相当の支払いを迫られためだ。このことは、彼らは住宅価格が上昇しきった後の“バブル住宅”を買わされていた可能性があることを意味する。
中国の不動産案件に強いT弁護士は「住宅を高値つかみしている中国人が非常に多い」と懸念し、「高値つかみをしている中国人」について、次のような事例を出して説明してくれた。
「2010年代の中盤に、30代の夫婦が上海市で500万元の住宅を購入した。夫・妻とも月収はそれぞれ2万元あった。親が頭金の一部を援助してくれ、少し無理もあったが売買契約書にサインした。ところが近年、住宅市況に翳りが見え始め、周辺物件が300万元、200万元と市場価値を落としてきている。もともとこの住宅には100万元の価値しかなく、400万元が“泡沫”だったといえるのだが、この夫婦には『住宅価格はそのうち1,000万元になるに違いない』という強い期待があった。しかし結局のところ、彼らは“ババ”を引いてしまったのです」
現在、中国では一級都市の上海でさえも不動産相場に勢いがなくなってしまっている。
住宅を競売にかけるケースが増加
中国で住宅を競売にかけるケースが増えている。競売とは借金を抱える法人や個人の住宅を差し押さえ、金に換えて弁済する“最後の手段”を意味し、中国ではアリババなどのオークションサイトがこれを行っている。
瀚海数据(データ)研究院のデータによれば、20年は約67万戸、21年は約76万戸、22年は98万戸に増えた。住宅の競売は51万戸で前年比29%増となった(注:数字は各シンクタンクにより異なる)。
しかしながら、成約率は低い水準にとどまっている。中国のエコノミストの1人は、競売件数の増加にかかわらず買い手がつかない理由について、「経済活動の低迷や住民の収入の伸び悩み、また今後の住宅価格の上昇が期待しにくいため」だと分析している。
中国ではこれまで、資金繰りに行き詰った法人や個人の手持ちの事業用不動産を競売にかけるケースが目立ち、人が住んでいる住宅の競売に関しては相対的に少ないと言われてきたが、今後はこの数も上昇するかもしれない。
ちなみに前出のT弁護士は次のようにコメントしている。
「私たちのような弁護士からすると、住宅執行はできれば避けたい仕事の1つです。人の生活がかかっている現場に踏み込むのは悲惨な体験で、ギャーギャーと泣き叫ぶ人もいる。妻も子どももいるのに、とてもじゃないが引きずり出すことなんてできない。切ないですね」
一方で中国には、「法律など関係ない」とばかりに開き直る家庭もある。日本人なら素直に「はい、出て行きます」となるところが、中国となると「やれるならやってみろ」とガンとして居座るケースもあるようだ。T弁護士は「中国で一般住宅に関しては、競売にかけて回収するというスキームは難しい」とも話していた。
競り落とされない住宅は繰り返し競売にかけられる。最終的には金融機関が処分するのだろうが、いずれ抱えきれないほど案件が増えて破綻してしまうのではないか、と心配になる。しかし中国では「国有金融機関は破綻しない」という考え方が依然強い。銀行資産ポートフォリオに占める住宅ローンの割合が低いためだという。
それでもなお、懸念は残る。このような法の執行を妨げる行為を許せば、弁済は滞り、弁済が滞れば社会はあるべき循環を失うからだ。このような側面は、「人々の遵法精神が高まらないと社会も正常に回らない」ことを示している。放っておけば中国はますます混沌とした社会に後退して行くだろう。
「先富論」は40年も経たずして崩壊
「先に豊かになった人々が中国の経済を牽引していく」──。かつて、中国の人々はこの言葉に希望を託していた。1985年ごろに鄧小平氏が唱えた「先富論」だが、これは40年も経たずして(あるいはもっと早い段階で)崩壊してしまった。
現在、20代前半の“Z世代”はもっと悲惨だ。中国のZ世代とは「住宅価格の高騰の犠牲者」でもあり、「60~70年代生まれが経験した富の争奪にはあやかれない世代」なのである。親からの相続も期待はできるが、土地使用権が70年の満了を迎えたとき、住宅がどのような扱いになるのかは今のところ誰にもわからない。
習近平政権が抱えるのは、こうした潜在的な不満分子が溜め込む不安と痛烈な政府批判である。
国家移民管理局によれば、今年1月8日から3月7日の間に発行されたパスポートは336万件に上ったという。中国のメディアは「コロナ禍の同期間の発行数から1220%増」と報じた。隙あらばこの国から脱出しようという人は後を絶たない。
もとより弱体化しつつあった中国経済にゼロコロナ政策でとどめを刺した習近平指導部だが、そんな習氏の治世を嫌がり、その“泥船”からいち早く下船しようとしていることが見て取れる。「習政権3期目」に明るい未来を見出すことは難しそうだ。
(了)
<プロフィール>
姫田 小夏(ひめだ・こなつ)
ジャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・公共経営修士(MPA)。著書に『インバウンドの罠』(時事出版)、『バングラデシュ成長企業』(共著、カナリアコミュニケーションズ)、『ポストコロナと中国の世界観』(集広舎)など。「ダイヤモンド・オンライン」の「China Report」は13年超の長寿連載。「プレジデントオンライン」「日中経協ジャーナル」など執筆・寄稿媒体多数。内外情勢調査会、関西経営管理協会登録講師。関連記事
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