2024年12月22日( 日 )

【鮫島タイムス別館(15)】選挙より人事が大好きな岸田首相 夏の内閣改造・党役員人事は「茂木切り」が焦点に

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 政治家にはざっくりわけて「選挙好き」と「人事好き」がいる。選挙派は数字で白黒をはっきりつけることを好み、人事派は権力を行使して人を支配することを好む。

 岸田文雄首相はかつてテレビ番組で「首相になったら何をしたいか」と問われて開口一番「人事」と答えた。典型的な「人事好き」タイプの政治家なのだろう。

 立憲民主党が内閣不信任案を提出すれば、対抗して衆院を解散する――岸田首相はそんな情報を意図的に流して解散風を煽りに煽っておきながら、その真意を自民党幹部にさえ明かさず、いざ立憲民主党が不信任案提出を決めるとあっけなく「今国会の解散は考えていない」と言ってのけた。

 首相の解散権を「衆院選で国民の信任を得て権力基盤を強化する」ためではなく「衆院議員の首をいつでも切ることができると見せつける」ために使ったのだ。解散総選挙に怯えて右往左往する与野党の衆院議員たちの姿を見て「伝家の宝刀」の威力を実感し、ほくそ笑んでいたに違いない。

 安倍晋三元首相は対照的だった。歴代最長となった7年8カ月におよぶ政権を通して「麻生太郎副総理―菅義偉官房長官」という政権中枢の人事には一切手をつけず、逆に先手必勝で衆院解散を繰り返し、国政選挙に6連勝して長期政権を築いた。「人事」よりも「選挙」を優先して成功したといってよい。

 6月解散を見送った岸田首相の次の一手は、夏の内閣改造・自民党役員人事である。いよいよ「人事好き」の面目躍如をはたす局面だ。最大の焦点は茂木敏充幹事長を更迭するかどうかである。

 茂木氏は昨年秋に岸田内閣の支持率が急落した後、ポスト岸田への意欲を隠さなくなった。年明けには岸田首相に十分な根回しをしないまま児童手当の所得制限を打ち上げ、今春には訪米してポスト岸田をアピールした。岸田首相は茂木氏への警戒を強め、2人の距離は開く一方だ。

 岸田首相が茂木氏に代わって重用しているのが、森山裕選挙対策委員長である。鹿児島市議出身で地味な叩き上げ政治家。たった8人の森山派の領袖に過ぎず、すでに78歳で首相の座を脅かされる心配もない。安倍・菅政権で国対委員長を4年間務めて頭角を現し、反主流派の菅義偉前首相や二階俊博元幹事長に加え、立憲民主党の安住淳国対委員長など野党にも強いパイプがある。

 岸田首相は4月の衆参補選・統一地方選で茂木氏よりも森山氏を信頼し、陣頭指揮を任せた。森山氏は今回の6月解散騒動でも首相の意向に沿って「不信任案は解散の大義になる」と解散風を煽った。

 茂木氏を更迭して森山氏を後任幹事長に据えるかどうかが・・・。茂木氏の後ろ盾である麻生氏さえ説き伏せれば、森山氏起用で菅氏や二階氏ら反主流派を抑え込み、ポスト岸田の一番手とされる茂木氏を干し上げることもできる。

 茂木外しを徹底するなら、茂木派の次世代ホープである小渕優子元経産相を一本釣りして官房長官に起用する人事が切り札となろう。参院のドンとして知られ政界引退後も茂木派を中心に強い影響力を残した青木幹雄元官房長官は、茂木氏を毛嫌いして小渕氏を寵愛し、早大の後輩である岸田首相に小渕氏登用を求めてきた。

 この6月に青木氏が89歳で他界したことで茂木氏が派閥内を掌握してポスト岸田へ前進すると報じられているが、私の見立ては逆だ。むしろ岸田首相が茂木氏の勢力拡大を抑えるため、茂木氏を更迭して小渕氏を登用する動機が強まったのではないか。

 夏の人事のもう1つの焦点は、マイナンバーカードの相次ぐトラブルで批判を浴びている河野太郎デジタル担当相の更迭である。世論調査で「次の首相」のトップを走る河野氏だが、党内基盤は決して強くない。閣外に放り出して無役にすれば存在感は薄れ、ポスト岸田レースから後退する可能性が高い。

 岸田首相にとって最大の課題は来年秋の自民党総裁選でどう再選をはたすかである。歴代首相の常套手段は「総裁選前に解散総選挙を断行して勝利し、事実上の無投票再選を狙う」ことだった。だが、岸田首相は夏の人事でポスト岸田を狙う茂木氏や河野氏を徹底的に干し上げ、ライバル不在の政治状況をつくり出すことで総裁再選をはたす戦略を描いていると私はみている。「選挙」より「人事」で総裁再選の道筋をつけるというわけだ。

 だが「人事」は恨みを買う。登用された一部の者は喜ぶが、その他大勢の外された者たちは反発を強める。永田町では「選挙は政権の求心力を高めるが、人事は弱める」ともいわれる。岸田首相は大好きな「人事」でつまずき、この政権の終わりの始まりになるかもしれない。

【ジャーナリスト/鮫島 浩】


<プロフィール>
鮫島 浩
(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト/鮫島 浩ジャーナリスト、『SAMEJIMA TIMES』主宰。香川県立高松高校を経て1994年、京都大学法学部を卒業。朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝ら幅広い政治家を担当。2010年に39歳の若さで政治部デスクに異例の抜擢。12年に特別報道部デスクへ。数多くの調査報道を指揮し「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。14年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当して“失脚”。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。21年5月31日、49歳で新聞社を退社し独立。
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