デリスキング〜対中政策の新たなトレンド
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国際政治学者 和田 大樹
米中対立や台湾情勢など、経済安全保障をめぐる動向が流動的に変化するなか、メディアの間では最近“デリスキング”という言葉が広がっている。トランプ政権下で米中間の貿易摩擦が拡大して以降、経済の切り離しを意味するデカップリングという言葉が専門家やメディアの間で頻繁に使われるようになったが、米ソ冷戦時代と違い、中国がグローバル経済に深く組み込まれている現実を考慮すると、中国との経済デカップリングは米国だけでなく、世界のほとんどの国にとって極めて難しいチョイスといえよう。
実際、米国は中国に対する貿易規制を強化しているのだが、価値観を同じくする欧州諸国の多くは中国と経済で深い関係にあり、米国の対中姿勢を正直快く思っていない国も少なくない。フランスのマクロン大統領は、春に中国を訪問したさい習国家主席からVIP待遇を受け、G7広島サミットの共同声明策定にあたっては中国を刺激するような表現は避けるべきだと主張するなど、対中国については米国と欧州との間でも距離感がある。
そして、それを反映するかのように、EUは6月に発表した経済安全保障戦略のなかで、中国による経済的威圧に対処するため戦略物資のサプライチェーンや技術の流出などに関してリスクヘッジを進めつつも、中国との経済関係は維持するという方針を打ち出した。これがデリスキングと呼ばれる概念だが、最近は米国も中国とのデカップリングではなくデリスキングを重視する方針を示している。
経済安全保障上懸念される部分はリスク軽減し、そうでない部分では関係を維持するというこのデリスキングは、当然ながら、いまや対中関係のあらゆる領域で援用される。日本が経済安全保障戦略を進めていることも、バイデン政権が先端半導体分野で対中規制を強化することも、デリスキングの一環である。また、マツダやホンダ、パナソニックなどが中国依存度を減少させ、中国とその他の地域でサプライシェーンを切り離すと発表したこともそれに該当する。
筆者が知る限り、こんにち中国からの完全撤退、つまりデカップリングを進める日本企業はないように思う。中国を震源地とする地政学リスクが高まったとしても、経営的にデカップリングすることはあまりにも難しいため、企業は折衷案的な選択肢を模索することになる。それがデリスキングなのだ。現在のような国際環境が今後も維持されるのであれば、日本企業の間でデリスキングの動きはいっそう拡大するだろう。
しかし、地政学リスクは一気に爆発する潜在的危険性をはらんでいる。典型的な例がロシアによるウクライナ侵攻で、これを機にマクドナルドやスターバックス、アップルなど世界的な欧米企業が一斉にロシアから撤退した。そこにあるのは、企業によるデリスキングではなくデカップリングである。そして、懸念されている台湾有事が現実に発生するような事態になれば、日中関係の急速な冷え込みにより、中国国内でのビジネス環境も一変する可能性が高い。そうなれば、通常の経済関係を維持することも難しくなり、デリスキングそれ自体はリスク低減策にならなくなるだろう。
<プロフィール>
和田 大樹(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
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