2024年12月22日( 日 )

中国がウラジオストク港を「奪還」 弱体化するロシアの権益に浸食(後)

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共同通信客員論説委員 岡田 充 氏

 日本ビジネスインテリジェンス協会より、共同通信で台北支局長、編集委員、論説委員などを歴任し、現在は客員論説委員を務める岡田充氏による、中ロ関係に関する論考(海峡両岸論152号)を提供していただいたので共有する。

中央アジアにも浸食

ウラジオストク港 イメージ    中国とロシア(旧ソ連)は1989年5月、当時のゴルバチョフ共産党書記長の訪中で関係を正常化。最大の懸案だった国境問題は2004年、東部のウスリー川など3河川の係争地を二分割することで合意し、国境線を最終画定した。

 しかし、不平等条約によって奪われたウラジオの存在は、中国にとっては屈辱の歴史の象徴でもあった。一方、ロシアにとっては極東最大の海軍基地という重要性がある。にもかかわらずウラジオを開放したのは、プーチン政権が中国との協力によって衰退と孤立を回避したいためだ。

 中国が獲得したのはウラジオ港使用権だけではない。習近平は5月18、19日、シルクロードの古都西安で、中央アジアのカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン5カ国首脳との首脳会議を開いた。

 中国と5カ国の22年の貿易総額の合計は703億ドル(約9兆6,300億円)と前年比4割増で過去最高だった。首脳会合は19日、「中国・中央アジアサミット西安宣言」を採択、(1)「一帯一路」推進の確認、(2)中央アジアの治安維持やテロ対策の支援、(3)貿易・エネルギー開発の加速と総額260億元(約5,100億円)の資金援助をうたった。

中国・キルギス・ウズベク鉄道が前進

 日本の全国メディアは報じていないが、宣言は中国新疆ウイグル自治区からキルギスタンとウズベキスタンに伸びる「新鉄道建設」(総延長523km)の着工加速も盛り込んだ。

 鉄道が完成すると、中国貨物を鉄道で中央アジアから中東各国に輸送できるだけではない。中国から欧州への鉄道の最短ルートにもなるのだ。

 計画は1997年に浮上したが、山岳地帯を貫く工法や環境問題、軌道幅など技術問題に加え、ロシアと中国のどちらが出資するかなど政治的理由もあり進展しなかった。

 変化は2022年5月16日、モスクワで開かれたロシアと旧ソ連構成6カ国の集団安全保障条約機構(CSTO)首脳会合で起きた。プーチンがキルギス大統領の進言を受け、計画を中国資金で建設することに「反対しない」と初表明した。これにより着工への展望が一気に開け、王毅外相(当時)は翌6月に「23年着工」を発表した。

迫られる微妙なハンドリング

 中国のロシア権益浸食についてロシアはどう受け止めているのか。フランスのマクロン大統領は5月14日付の仏紙とのインタビューで、ロシアは国際的に孤立し、「中国の属国に成り下がった」と酷評した。

 これに対し、クレムリンのペスコフ報道官は「両国は戦略的パートナーであり、従属かどうかの問題などない」と反論した。プーチン自身も6月16日、サンクトペテルブルク「国際経済フォーラム」で、欧米制裁にもかかわらず、「世界経済のリーダーの地位を維持する」と強気の姿勢をみせた。

 しかしプーチンの強気に説得力はない。中国共産党は1921年の創設以来、「共産主義の祖国」ソ連から革命理論をはじめ党組織論、経済建設計画などを学んできた。新国家建設もソ連をモデルにし、ソ連を「兄」、中国は「弟」の、兄弟関係にあった。

 その関係がいまは完全に逆転したのは、差が開く一方の経済力にある。ウクライナ戦争発動の遠因は、1992年のソ連崩壊にある。長期にわたり世界の半分を支配した「帝国の喪失感」は、プーチンだけでなくロシア国民に広く共有された意識である。

 しかし戦時経済の長期化でロシア経済は深刻な打撃を受け、中国の協力抜きの生存は危うい。ウラジオ港の使用権回復と中央アジア権益拡大は、中国がロシアの弱さを突いて獲得したものだ。同時に権益浸食が過剰になれば「傷ついた熊」の誇りを失わせかねない。

 それが嵩じれば、中ロ関係にひびが生じ西側の利益になることを、中国は自己の歴史経験から知っている。今後中国がどこまでロシア権益に手を出すか、アクセルとブレーキを交互に踏み分けながら、微妙なハンドリングを迫られるだろう。

(了)

(中)

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