2024年12月24日( 火 )

「平和」への熱望と「繁栄」への憧景!

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佐高信・早野透著「丸山眞男と田中角栄」(集英社新書)

 NHKは2015年元旦放映の戦後70年特集という番組の中で「戦後を象徴する人物」というお題で3,600人の世論調査を行った。すると、第1位は田中角栄、第2位は吉田茂、第3位は昭和天皇で第4位にマッカーサーが入った。その中で、田中角栄は断トツで1位だったという。

 著者佐高信氏(以下、敬称略)は1945年1月生まれ、早野透氏(以下、敬称略)は1945年6月生まれで、戦後と「同い年」でともに70歳である。佐高は山形県生まれで、慶応義塾大学法学部を卒業後、高校教師、経済誌編集長を経て、辛口・評論家となる。一方、早野は、神奈川県生まれで、東京大学法学部を卒業後、朝日新聞社に入社、政治部次長、編集委員などを歴任。現在は、桜美林大学教授である。早野に言わせると、佐高とは長い付き合いであるが「あまり近寄らない方がいい」存在でもあるらしい。しかし、折々飲んだり、語ったりすると話が合うこともある。

 それが本書のテーマに繋がる。1つは「丸山眞男への尊敬」であり、もう1つは「田中角栄という人物への尽きない興味」である。現時点で「民主主義」と「平和主義」を取り戻そうという闘いにおいて、“甦らなければならない”2人である。早野は丸山ゼミ門下生で、佐高は丸山の講義「東洋政治思想史」の盗聴生である。また早野は、政治部で角栄番記者を志願し角栄が亡くなるまで番記者だった。
 本書は「戦後民主主義の逆襲」という副題が付けられ、全5章で構成されている。
第1章:戦争は罪である―丸山と角栄の二等兵体験
第2章:はみだし者の民主主義―丸山学派と田中派
第3章:市民か庶民か有象無象か―丸山思想から角栄を解読する
第4章:精神のリレーと断絶―民主主義の実践者たちの系譜
第5章:民主主義の永久革命―「超国家主義の論理と心理」、「日本列島改造論」そして未来へ
 以下、2人の掛け合いの中で、面白そうなものを、アトランダムに紹介していく。

そこには、戦争の善悪を問う視点が全くない

 ・「戦争を失敗と成功という面でのみ捉える岸(信介)の考え方が、孫の安倍晋三にまっすぐ繋がっている。そこには戦争の善悪を問う視点が全くない」(佐高)、「換骨奪胎して、岸に代表される『国家権力の自民党』を市民とは言わないまでも『庶民の自民党』に変質させたのは、角栄と角栄についていった戦後官僚たちです」(早野)

生活や暮らしを優先しないところに立脚する

 ・「経済は戦争ではなく平和が前提という立場があってその象徴が角栄ですよね」(早野)、「加藤紘一がうまいことを言った。戦後の保守には『生活保守』と『観念保守』がある。安倍は観念保守を越えて『ウルトラ観念保守』であり、周りにもそういう人材しか集まらない。観念保守は生活や暮らしを優先しない」(佐高)

290議席を獲得すれば何でもできるみたいな

 ・「角栄の民主主義論が実体をともなっていたのは、自分の存在がかかっているからでしょう。多数派で決めるなら、自分という身体はなくなってしまう」(佐高)、「安倍晋三の政治は、290議席を獲得すれば何でもできるみたいな地点に行き着いている。それは角栄とは全く違う。丸山先生は、デモクラシーは理念だけでなく日々の行動で獲得するものだと言っている。制度として、民主主義が達成された、と安心した瞬間に、それは民主主義ではなくなるということです」(早野)

平和主義、公共の精神、弱者保護を終わりに

 ・「安倍の戦後レジームからの脱却は丸山と角栄が根付かせた戦後的価値を破壊する。『平和主義』、『公共の精神』、『弱者保護』を終わりにする。そういうことでしょう」(佐高)、「社会保障、社会福祉に角栄は大きく貢献している。角栄政権の2年目である1973年は『福祉元年』と言われた。70歳以上の老人医療費の無料化が実現した年です。角栄が目指したのは、中産階級の拡大です」(早野)

どんな人間的世界なのかが、よくわからない

 ・「小泉や安倍の政治を見ていると、人間の根源に関わる希望や絶望は全く感じられないですね。ただ、小泉にはある種の都会的な感性、横須賀という都市から導き出される人間像に立脚した小泉的世界があった。しかし、安倍になると、どんな人間的世界なのか、よくわからない。安倍はもっと別な思い込みで動いている」(早野)、「安倍は異様なほどに国家先行なのです」(佐高)

役割を平和と福祉に限定し、内面に入らない

 ・「角栄の『日本列島改造論』が、目標とするのは、平和と福祉に徹しよう、ということです。それを戦後社会の到達点としている」(早野)、「国家の役割を、平和と福祉に限定し、人々の内面には入らないということですね」(佐高)

 今、安倍政権は「戦後レジームからの脱却」を唱えている。それは「シンボリックにいえば、上半身の部分(戦後というものの自覚あるいは戦争観)は丸山眞男が、下半身(『日本列島改造論』による実践)の部分は田中角栄がつくっていった」(早野言)という戦後民主主義の否定である。我々の生きた「戦後」は、まず「平和」への熱望、そして少しでも豊かに暮らしたいという「繁栄」への憧憬、この2つに集約されていた。そこには戦争でひどい目にあった人々の、もうあんな時代は2度と来て欲しくないという思いがあったはずである。佐高と早野の2人は本書を「評論の書」ではなく、敢えて「闘争の書」と呼んでいる。

【注】丸山眞男:政治思想史学者。東大教授。32歳の東大助教授時代に雑誌『世界』に発表した論文「超国家主義の論理と心理」は、軍国ファシズムを告発した「戦後民主主義」の息吹とも言われ、若者たちが本屋に列をつくり争って買い求めた。その後も日本型ファシズムと天皇制国家などを論じ、第二次大戦後の民主主義思想を主導した。著書として、『日本政治思想史研究』、『現代政治の思想と行動』など多数。

【三好 老師】

<プロフィール>
三好 老師(みよしろうし)
 ジャーナリスト、コラムニスト。専門は、社会人教育、学校教育問題。日中文化にも造詣が深く、在日中国人のキャリア事情に精通。日中の新聞、雑誌に執筆、講演、座談会などマルチに活動中。

 

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