ビッグモーター”独裁”副社長のパワハラ経営 2代目ボンボンへの「世襲」の失敗(後)
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自動車保険金の不正請求問題をきっかけに経営難に陥った中古車販売大手ビッグモーターに助け人が現れた。大手総合商社の伊藤忠商事が買収に乗り出すというのだ。今年のお騒がせ企業の筆頭であるビッグモーターが中小企業経営に与えた教訓について考えてみよう。
経営を任された宏一前副社長による「大リストラ」
一代で巨万の富を手にした宏行氏が、一転、奈落に転げ落ちたのは、事業承継に失敗したことによる。急成長の陰で転機になったのは、息子の宏一氏が経営の実権を握ったことだ。
宏一氏は1988年7月生まれの35歳。早稲田大学卒業。2010年6月、兼重家の資産管理会社ビッグアセットの取締役に就任。日本興亜損保で武者修行を経て12年7月、ビッグモーターの社長室次長に就いた。15年6月、米国で経営学修士(MBA)を取得。帰国後の15年12月、ビッグモーターの取締役に就任。
18年頃から宏一氏が社長業を任され始めてから、整備工場に1台あたり14万円のノルマを課せるなど、MBA仕込みの数字を求められるようになり、不正が横行していったと指摘されている。
金融庁の報告では、コロナ禍以降、宏一前副社長の指示で「コストに見合った収益を生まない事業や取り組み」の徹底的な排除が行われていったという。具体的には、20年6月に「苦情対応コールセンター事業」が廃止された。同7月には保険部による各店舗への指導・教育などの取り組みを中止した。コストだけがかかり、利益を生まないからだ。
宏一前副社長が大きな問題となっていたことは、BMが7月に公表した調査報告書や損保ジャパンが10月に公表した中間報告書にも触れられている。
「ボケ」を連発する凄絶なパワハラの実態
宏一前副社長の言動をメディアがどう伝えたかを振り返ってみよう。読売テレビの情報番組「ミヤネ屋」(23年8月2日発信)は、凄絶なパワハラの実態を報じた。理不尽な降格人事を繰り返していた宏一前副社長、本部長、常務の幹部3人は“ロイヤルファミリー”と呼ばれ、とくに恐れられていたという。
兼重宏行前社長の経営思想を伝えるため、全社員に配布される『経営計画書』には、「経営方針の執行責任を持つ幹部には、目標達成に必要な部下の生殺与奪権を与える」と書かれている。
特別調査委員会の報告書によると、この3年で47人が宏一前副社長らから一方的に降格処分を受けていた。“ロイヤルファミリー”は「経営計画書の方針を忠実に実行した」ということなのだろうか。
各地の店長と本社の幹部で構成されたグループLINEでは、吊るし上げるように、幹部が罵詈雑言を連発している。
「ふざけた報告すんな、ボケクソが!!!!!」
「返答もできねーなら、店長おりろボケが」
「隠蔽、誤魔化すなら、営業してろボケが」“ロイヤルファミリー”をはじめ、本社の幹部から店長に対して発せられる罵詈雑言の数々。何とも凄まじい企業風土だ。
事業継承に失敗した最大の要因は、営業の現場を経験させなかったこと
高卒の叩き上げの創業者は、息子をブランド大学に進ませ、MBAを取得させるのが常だ。米国でMBAを取得した宏一氏は、宏行氏にとって自慢の息子だったにちがいない。
ワンマン経営者の長男は、2つに大別される。父親を超えようと無理を重ねるタイプと、最初からスポイルされていて、やる気を喪失しまっているタイプ。宏一氏は前者だった。米国仕込みの数値がすべてのやり方を戦いの最前線に持ち込もうとした。
宏一氏への権限移譲は事業承継の典型的な失敗例となっている。1つは、宏一氏に営業の経験をさせなかったこと。中小企業は、営業力がすべてといっても過言ではない。営業店舗の現場に立ち、その部分から身につけることが事業継承の基礎になる。後継者になったとき、トップセールスができないことが、取引先からの受注がなくなる一因になる。
2つは、社内改革を一気に進めようとしたこと。これまで懸案を一掃するかのように人事制度を整備し、実力主義や成果主義を取り入れた。ついてこれない社員を容赦なく切り捨てていった。「パワハラ」として、全員から反発にあい、社員の信頼を失った。
自分は会社の利益を上げるために一生懸命やっているつもりでも、空回りしてしまう。人は急激な変化を好まない。二世経営者がよくやるミスだ。
稲盛氏が喝破「二世、三世経営者は、商売の原点がわかっていない」
「カリスマ経営者」として知られる京セラの創業者、故・稲盛和夫氏は、次世代の経営者を育てる経営塾『盛和塾』を主宰してきた。ダイヤモンドオンラインが『稲盛和夫経営講演選集』を公開した(2016年4月12日)。そのなかに「二世、三世経営者は、『この質問』に答えられない」という一節がある。
二世、三世経営者は大学の経営学部や商学部を出て、経営をしていくうえで知っているべきことを知らないまま、一流企業を辞めて家業を継ぐケースが多い。息子は後継者として戻るので、いきなり常務や専務という役職に就く。
〈私がそうした人たちに、「あなたはどのように経営しているのですか」と質問しますと、「父が昔開拓したお得意先があります。そこからの注文がきて、売上が上がるのです」という答えが返ってきます。
次に、「今はどのくらいの利益が出ているのですか」と聞くと、「少ししか出ていませんが、うちはずっとそういう状況です」と答えます。さらに、「その利益はどうして出るようになったのですか」と聞きますと、「それは知りません。父の代からそうなっています」と答えるのです。
このように、どうすれば売上が増やせるのか、どうすれば利益が出せるのかという根本的なことを、ほとんどの二世、三世経営者が知らないのです〉
稲盛氏は、こうも言っている。
〈経営とはどのようなものなのか。実際には泥臭いものです。それを教えてあげなければ、いくら高等な学問を修めても意味がありません〉
BMの「ボンボン」もまたしかりだ。多くの高学歴二世経営者の失敗に共通する。創業者は息子にMBAを取得させるより、稲盛氏の「盛和塾」で学ばせたほうが良いと、筆者はことあるごとに言ってきたが、残念なことに稲盛氏はいない。
(了)
【森村 和男】
法人名
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