「心」の雑学(6)なぜ忘れたいことほど頭をよぎる?(前)
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ふと思い返せば浮かぶのは
この時期になればお馴染みの話題ではあるが、気がつけばもう師走という感覚には、毎年驚かされる。年末の忙しさに追われつつ、仕事でもプライベートでも何かとこの1年の出来事を振り返るタイミングだろう。ふと思い返してみてほしいのだが、このとき話題に挙がったり頭に浮かんでくるのは、楽しいことよりも悪い出来事だったりしないだろうか。とくに、忘れたい失敗などに限って、なかなか頭から消えてくれないのは、誰しも身に覚えがあるものだ。今回はそんな年の瀬の我々に降りかかる憂鬱について、心理学的な観点から解説してみたいと思う。
はじめに、人の記憶について簡単に紹介しよう。心理学では、記憶は短期記憶 1と長期記憶の2つのシステムが想定されている。何か覚えておきたい情報があれば、まずは短期記憶に保持されるのだが、短期記憶内の情報は通常20秒程度でそのほとんどが消えてしまう。しかし、その内容を反復するリハーサルを経るうちに、短期記憶の情報はいつでも思い出すことが可能な長期記憶として保持されるようになる。この長期記憶が、私たちが一般的にイメージするいわゆる「記憶」である。ちなみに記憶の著名な研究によれば、頑張って記憶したと思った内容であっても、1日経てば思い出せるのは3割程度と言われている2。しかし、情報処理の仕方によっても、記憶の残りやすさは変わる。たとえば、同じ単語を見せた際に、「文字のかたちに注目する」あるいは「意味に注目する」といった指示を与えると、意味に着目して単語をチェックした場合のほうがより記憶に残りやすくなる3。従って、前述の嫌
な思い出ほど忘れられないのは、ネガティブな出来事に対して深い意味づけが行われてしまい、記憶に強く定着するからだといえるだろう。次に、今回の話題により関連する重要な現象を紹介する。Wegnerらによる「シロクマ実験」と呼ばれる思考の抑制に関する研究4である。この実験では、参加者は頭のなかに浮かんだ内容を報告する課題を行った。この際、実験条件に合わせて参加者は指示を受けるのだが、そのうちの1つでは「シロクマのことを考えないように」という(思考の抑制)指示が出された。にもかかわらず、なんと参加者はシロクマが頭に浮かんでしまったことを報告し、思考の抑制に失敗することが明らかになった。
このように、考えてはいけないはずの対象が頭のなかに浮かんできてしまう現象は、侵入思考と呼ばれる。さらに、思考抑制を経た参加者が、今度は逆にシロクマのことを考えるセッションに参加すると、他の条件よりも頻繁にシロクマのことを報告するリバウンド効果が起きていた。このことから、私たちは嫌な思い出に対して、「忘れるように」あるいは「考えないように」すると、かえってその出来事が頭に浮かぶようになってしまうということだ。この現象は(思考)抑制の逆説的効果と言われている。
(つづく)
1.近年はワーキングメモリーと呼ばれる記憶システムの1つとされることも多い
2.エビングハウス, H. 宇津木 保訳/望月 衛閲 (1885/1978). 記憶について:実験心理学への貢献 誠信書房. この実験では「azq」というような無意味な文字列の記憶力を検討している。私たちが日常で触れるのはもっと意味ある情報なことが多く、ここまで極端に覚えたことが失われるということはないだろう。その点は安心してほしい。
3.Craik, F. I. M. & Tulving, E. (1975). Depth of processing and the retention of words in episodic memory. Journal of Experimental Psychology: General, 104(3), 268-294.
4.Wegner, D. M., et al. (1987). Paradoxical effects of thought suppression. Journal of Personality and Social Psychology, 53, 5–13.
<プロフィール>
須藤 竜之介(すどう・りゅうのすけ)
1989年東京都生まれ、明治学院大学、九州大学大学院システム生命科学府一貫制博士課程修了(システム生命科学博士)。専門は社会心理学や道徳心理学。環境や文脈が道徳判断に与える影響や、地域文化の持続可能性に関する研究などを行う。現職は九州オープンユニバーシティ研究員。小・中学生の科学教育事業にも関わっている。月刊誌 I・Bまちづくりに記事を書きませんか?
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