【白馬会議印象記】日本人にとって原発とは?―「喉元派」vs「羹(あつもの)派」(後)
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白馬会議事務局代表 市川 周
なぜ、今年の白馬会議(11月18、19日開催)で原発問題を取りあげたのか。今までの会議テーマは「リーマン・ショック」「失われた20年」「3・11」「戦後70年」「人口減少」「コロナ」「ウクライナ」等々、どちらかといえば時事評論型の討議が中心だった。今年は単に時事評論にとどまらず、会議参加者1人ひとりのテーマに対する見識、判断を問いかけた。ここには初回より白馬会議のプロデュースを担ってきた私自身の危機意識があった。
日本人にとって原発とは? ―喉元派と羹派の存在
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」。今回の原発白馬討議ではこの2つの諺が私の脳裏に浮かんできた。福島原発事故における「熱さ」体験とは圧力破壊された2号機格納容器および4号機使用済み核燃料貯蔵プールからの放射性物質大量放出であった。しかし、この危機はいずれも現場における僥倖的偶然により実際には発生しなかった。2号機は格納容器から直接、放射性物質が漏れたため圧力が抜け、4号機では燃料貯蔵プールにたまたま工事遅延で残っていた原子炉ウエルの水が流れ込むことで、放射性物質の大量放出には至らなかった。
この僥倖的偶然がなければ原発先進国の日本にも、チェルノブイリ原発事故に迫る惨状が広がっていたに違いない。「東日本壊滅」である。そのことを直感したのが当時、ドイツ首相官邸で日本からの衛星テレビ画面を食い入るように見ていたメルケルであった。2011年3月11日の福島原発事故発生から4日後の3月15日、彼女は国内の稼働原発16基中、30年以上経過している7基について即時稼働停止命令を出した。それから3カ月後には残り9基を2022年末まで10年かけて廃炉処分とする原子力法改正案を連邦議会で可決させた。最終的には翌23年4月、ドイツ国内すべての原発が止まった。
一方、放射性物質の大量放出を免れ、喉元過ぎれば忘れてしまうほどの「熱さ」体験ですんだ日本政府は、原発回帰を模索し始めている。福島原発事故で本来遭遇したであろう「熱さ」に危機意識を持ち続ける人々もいれば、いつまで「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」のかと批判する人々もいる。今回の白馬会議は4人の招待ゲストを囲んで「喉元」派と「羹」派が真剣に向かい合った時間だった。原発問題、日本の混迷はまだまだ続く。
24年の白馬会議は11月16、17日開催予定。
(了)
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