【クローズアップ】「石原牛」和牛の真髄を伝える 個人ブランド牛の最高峰
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食肉牛としての和牛の歴史は100年余りだが、今や和牛は日本が誇る高級食材として世界的な認知を広めつつある。そのなかで「石原牛」は肉質、味、成分、肥育環境などいずれをとっても、高級ブランド牛と呼ぶにふさわしい。高級ブランド牛は何が違うのか。「石原牛」を通して、奥深い和牛の魅力が見えてくる。
最高級ブランド牛「石原牛」
博多リバレイン1階の「焼肉処 石原牛」。きめ細やかなサシ(霜降り)が入った肉質で、肉の旨味はしっかりしながら甘くとろけるような脂は驚くほどさっぱりと食べることができる。仕事の合間のランチからでも客足が絶えないことに納得だ。
「石原牛」は個人ブランドの名称で、生産されているのは鹿児島県。鹿児島の肉牛といえば、「鹿児島黒牛」のブランドで全国的に知られる。石原牛は、「焼肉処 石原牛」を直営する(株)マル善が、自社で生産出荷した鹿児島黒牛のうち、A5ランクの最高級の牛肉を中心に自社ブランドとして特別に流通させているものだ。よって石原牛は、鹿児島黒牛のなかでも最高級の品質が保証された牛肉といえる。
では、最高級肉は何が違うのだろうか。
オメガ3脂肪酸標準和牛の3.3倍
近年の健康志向の高まりから、脂肪にも私たちの健康を保つうえで欠かせないものが存在していることが一般的によく知られるようになった。そのなかでも、オメガ3脂肪酸(α-リノレン酸)とオメガ6脂肪酸は、人が体内でつくり出すことができず、必ず食品から取らなくてはならない。必須脂肪酸と呼ばれるものの1つだ。
石原牛は、オメガ3脂肪酸が豊富に含まれており、全国に流通する標準的な和牛の3.3倍も含まれている。オメガ3脂肪酸は必須脂肪酸であるだけでなく、血流改善、コレステロール値の低下、動脈硬化・血栓の予防、血圧を下げるなど、脳や循環器系をはじめとした各種疾患を予防する効果も期待される。そのため脂のさっぱりとした味わいとともに、良質な脂を取りたい健康志向の老若男女にお勧めだ。これも最高級肉の証である。
石原牛の歴史 丹精込めた牛づくり
石原牛を育てるのは鹿児島県阿久根市のマル善だ。創業者の石原善和氏は、実家が代々畜産を行っており、高校卒業後、長野県南信州で幻の和牛と呼ばれる「村沢牛」を生産する村沢勲氏のもとで2年間修業を積んだ。
1986年、修行を終えた石原氏は、実家の畜産農家に就農。2009年にマル善を設立し、家族経営から法人経営に切り替え、従業員を雇用して500頭まで飼育できる態勢を整えた。17年、阿久根市の隣・長島町にある1,000頭規模の農場の経営を引き継いで、合わせて1,500頭の飼育態勢となった。
石原氏が家業を継いで以来、実践してきたのは修業時代に学んだ「村沢方式」と呼ばれる育牛方法だ。村沢方式とは、牛の成長に合わせて餌の量を徹底管理する方式で、ストレスを与えない環境で育てるために、牛舎は常に清潔に整え、牛には丹念にブラッシングを行って、それぞれの牛の状態を細かく把握しつつ餌寄せを行うなど、手間暇をかけて牛づくりを行う方法だ。1頭1頭と向き合い、牛の潜在能力を引き出すことによって、最高級の肉質ととろけるような脂のある肉を生産する。
「石原牛」は21年に商標登録を完了。さらに石原氏には、もう1つ夢があった。それは、自分が生産した牛肉をおいしく味わうことができる焼き肉店を自ら経営することだ。その念願が叶ったのが、21年に開業した「焼肉処 石原牛」だ。
このように牛肉の生産に対して深い思いをもつ石原氏をはじめ同社のスタッフらは、常に牛への深い感謝の思いをもちながら牛をいつくしみ育てている。その思いを表した言葉として、スタッフらは牛を「牛さん」と呼ぶ。肉牛を育てる仕事が、牛の命を預かる仕事にほかならないことと、牛の命をもらって生活させてもらっているという深い自覚と感謝の思いが、「牛さん」という呼び方には表れている。
牛肉の等級
牛肉は食肉加工の際に等級分けされる。等級は「アルファベット+数字」の形、A5、A4、B5のように表記されるもので、農林水産省の承認を受けた牛枝肉取引規格に基づいて(公社)日本食肉格付協会が決定している。
まず、アルファベットで表記される部分は歩留を表し、その牛からどのくらい商品となる牛肉が取れるのかを評価している。A~Cの3段階でAが最高ランクだ。もう1つの数字で表記される部分は肉質を表し、「牛肉の色沢」「牛肉の締まりときめ」「脂肪の色沢と質」「脂肪交雑(脂肪の入り具合)」の4つを総合的に評価して1~5の5段階に分けられる。5が最高ランクだ。
日本全国で流通する牛肉の歩留別の割合は、A等級:5割、B等級:3割強、C等級:2割弱で、そのうち、A等級の肉質別の内訳は、A5:27%、A4:15%、残りA3、A2となる。これに対して石原牛の肉質は、先述の通り、A5を中心に自社ブランド化することで、A5:85%、A4:15%という高品質を確保している。
石原牛の約6割がBMSのNo.10以上
石原牛の肉質の高さは、BMS(ビーフ・マーブリング・スタンダード)という基準でより明らかになる。BMSは、正式には牛脂肪交雑基準というもので、赤身の肉にどのようにサシが入っているかを絵で示したものだ【図1】。
ランクはNo.1~12までの12ランクで分けられ、No.12が最も細かくサシが入った状態となる。先ほどの1~5で表す肉質等級との関係を示すと、肉質等級1がBMSのNo.1、等級2がNo.2、等級3がNo.3~4、等級4がNo.5~7、等級5がNo.8以上となる。No.10以上は流通量が極めて限られ、最高級肉に分類される。
石原牛の22年のBMS別出荷実績によると、No.10以上が約6割で、No.12は約25%となっている。石原牛がサシ入り牛肉として、極めて高い品質であることがわかる。
だが、石原牛の質を示すのはそれだけではない。石原氏は、脂の質が重要だと考えている。それが先述したオメガ3脂肪酸の含有量が標準和牛と比較して3.3倍ということだ。石原氏は、これからは脂をはじめとする成分の質が、高級ブランド牛の評価の重要ポイントになると考えており、さらなる改良に向けて研鑽を積み重ねている。
世界へ飛び立つ石原牛 自社でHACCP取得
石原牛は海外でも高い評価を受けているが、「石原牛」のブランド名で海外に輸出ができるようになったのは、昨年10月からのことだ。それ以前は、鹿児島のブランドである鹿児島黒牛の1つとして輸出されていた。
ところが、イギリスのシェフが、とある鹿児島黒牛の肉質に注目。肉の個体識別番号を基に生産業者を指定して買い付けていたのが、マル善の牛肉だった。シェフから牧場に寄せられたメッセージでは、「あなたの育てた牛には多くのファンがいる。ぜひロンドンにきてファンにも会って欲しい」と、マル善の牛肉に対する熱烈な思いが記されていたという。
昨年、ついに石原牛の名前で海外輸出が可能になった。23年10月にマル善はHACCP(ハサップ)の認証を受けた自社の食肉加工場を稼働させた。HACCPとは、工程ごとに徹底した衛生管理を行う国際的な手法のことで、EUでは06年から食品事業者に対してHACCPの実施を義務付けており、日本から食品を輸出する際もその基準に適合する必要がある。食肉の生産業者が自ら加工場を立てるのは極めて異例で、HACCPに対応した自社工場で加工されたマル善の牛肉は「石原牛」として海外へ輸出される。
これからの輸出先としては、従来のEUやアメリカ・カナダばかりでなく、香港、マカオ、タイ、シンガポール、インドネシアといった東南アジア方面へも販路を拡大していく計画だ。
コロナ禍を追い風に和牛輸出が急増
「和牛(WAGYU)」の世界的な評価は近年急速に高まっている。食肉牛としての和牛の歴史は100年余りだが、今日の和牛の地位を確立させる契機となった出来事が2つある。1つ目は、1991年に始まった牛肉の輸入自由化だ。日本の牛肉生産農家は、安い輸入牛肉に対抗するために高級化による差別化戦略に舵を切った。これが外国産牛肉に対して和牛を、脂肪交雑(霜降り)を特徴とする日本独自の高級牛としてブランド価値を確立する契機となった。
2つ目は、2001年に日本国内で発生が確認されたBSE(牛海綿状脳症)だ。BSE蔓延防止のために牛の生産履歴を管理する必要が生じ、03年に「牛肉トレーサビリティ法」が成立。04年12月以降に食肉処理された国産牛肉には個体識別番号が付随し、小売後も生産履歴を確認することができるようになった。国産牛の生産から流通までの一貫した識別システムの構築がブランド牛の確立を後押しした。
21年、農林水産物・食品の輸出金額が初めて1兆円を突破した。このうち牛肉の輸出量は前年比62.6%増で、輸出金額はアルコール飲料、ホタテ貝に次いで第3位の規模となった。大幅な輸出増加の背景には、新型コロナウイルス感染症の影響によって世界的に巣ごもり需要が拡大したことがあるとみられる。
国別の輸出先では、21年にカンボジアへの輸出が大幅に拡大している【図2】。カンボジア向けに輸出された日本産牛肉の大部分は中国に再輸出されていると考えられている。中国政府は01年、日本におけるBSE発生を理由に、日本産牛肉の輸入を禁じた。19年に中国政府は日本産牛肉の輸入解禁を発表したが、実質的にはまだ輸入禁止の状態である。
販売チャネルを拡大 5月に新店舗オープン
石原牛を生産するマル善は、「焼肉処 石原牛」以外にも販売チャネルの拡大に動き出した。昨年10月にオンラインショップをオープン、家庭でも石原牛を味わえるようになった。石原牛を味わうには特別な調理は必要ではない。「焼肉処 石原牛」でもできるだけ肉のおいしさをストレートに味わってもらうために、シンプルな焼肉のメニューが基本となっている。そのような石原牛であるから、自宅でもおいしく最高級の肉を味わうことができる。ほかにも鹿児島県の物産を紹介する東京のアンテナショップの店頭にも並べられ、大手百貨店の贈答品としても企画が進められている。
そして、これまで国内店舗で石原牛が食べられるのは、「焼肉処 石原牛」のみだったが、5月には福岡市中央区地行に、1階は石原牛精肉店、2階はステーキ&ハンバーグISHIHARAの店舗をオープンする。石原牛の新しい味わい方を提案する。
和牛の伝道師として真髄を伝え続ける
マル善は、畜産という地域に強く根差した事業を営むにあたり、ブランド牛の品質を保つこと以外にも、強い思いがある。昨年、マル善は、阿久根市内の10小中学校に自社で肥育した黒毛和牛100kgを寄付した。学校給食センターにて1,400食分のサイコロステーキが調理され、小中学生たちは地元で丹精込めて育てられた高級肉を味わった。地元に対する強い思いから、マル善は食育に貢献する取り組みを続けている。
マル善代表の石原氏は、昨年、『教養としてのブランド牛』(幻冬舎、2023)を上梓した。肉牛生産者自身の手による異例の書籍だが、決して自社ブランドの宣伝のための書籍ではない。和牛のルーツと発展の歴史から、ブランド牛の特徴、牛肉を深く理解するための知識までがまとめられた和牛の啓蒙書といえるもので、筆者の和牛に対する深い理解だけでなく、先人が培い、現在も多くの人の努力によって保持されている「和牛」という日本の農畜産技術への敬意と、それに携わる畜産農家としての誇りに満ちている。その誇らしい和牛の技術を継承し、さらなる研鑽を続ける石原氏が自身の名を冠して提供する「石原牛」をぜひ、味わってみて欲しい。石原牛を通して、奥深い和牛の世界が理解されるはずだ。
【寺村朋輝】
法人名
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