2024年07月16日( 火 )

日本とEUが経済安全保障で接近 脱中国の背景にあるもの

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国際政治学者 和田大樹

EU イメージ    日本とEUはバリで5月2日、経済安全保障協力についての閣僚級の会合を開催し、半導体やレアアースなど重要な戦略物資の調達などで協力し、特定国に依存しないサプライチェーンの構築を共同で構築していくことで合意した。会合の声明では、特定国が多額の補助金を通じて戦略物資の生産向上に務めて世界市場を歪め、それを武器化することへの懸念が示され、より透明で強靱かつ持続可能なサプライチェーンを構築する意思が示された。

 このように、日本とEUが経済安全保障分野で接近を図っている背景には何があるのだろうか。そこには対中国という共通の懸念がある。たとえば、ドイツ当局が5月に発表した貿易統計によると、今年の第1四半期のドイツ・米国の貿易総額が630億ユーロとなり、ドイツ・中国の貿易総額600億ユーロを上回った。これまで同期では8年連続で中国が最大の貿易相手国だったが、ドイツは経済的威圧や米中の半導体覇権競争など地政学的なリスクを懸念し、脱中国依存を進めている。

 ドイツの化学大手のBASFは2月、中国・新疆ウイグル自治区での合弁事業からの撤退を進めることを発表した。新疆ウイグルでは、中国当局によるウイグル族への監視強化や強制労働など人権問題で懸念が強まり、バイデン政権はウイグル強制労働防止法を施行するなどし、中国への貿易規制を強化しており、BASFは人権デューデリジェンスの観点からこういった決断に至ったと考えられる。

 また、在日ドイツ商工会議所が3月に発表した統計によると、回答したドイツ企業164社のうち38%が中国から日本へ生産移転を検討し、アジアでの新規投資先として日本を選んでおり、23%がすでにマネジメント機能を日本に移転したという。こういった統計からも、ドイツが中国リスクを意識し、日本との間で経済安全保障協力を強化したいという狙いが見え隠れする。

 そして、ドイツだけでなく、他の欧州諸国も同じような懸念を抱いている。習近平国家主席は5月にフランスを訪問し、マクロン大統領とEUのフォンデアライエン欧州委員長と会談したが、EU側が中国製電気自動車の過剰生産問題で追求すると、習氏は問題が存在しないと議論は平行線で終わった。フォンデアライエン氏は、EU市場を守るため中国製電気自動車に対する懲罰的関税など何らかの対抗措置の必要性を示した。

 こういったEU側の懸念は日本と共通する。5月の会合でレアアースの調達にも言及があったが、2010年9月に尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安庁の船が衝突した事件が起きた際、中国は対抗措置として日本向けのレアアースの輸出を規制した。また、バイデン政権が一昨年秋、中国による先端半導体の軍事転用を防止するため、同分野で対中輸出規制を強化し、日本も同政権の要請に応じるかたちで昨年7月から半導体製造装置など23品目で中国への輸出を規制したが、それによって中国側の対日不満も広がっている。 

 その後のガリウム・ゲルマニウム関連の輸出規制強化、日本産水産物の全面輸入停止などの背景にはそれがあると考えられ、中国への貿易規制を積極的に強化する米国の動向も考慮すれば、今日の日本には中国でもない米国でもない、経済安全保障で協力できる第3のパートナーが必要である。EUといっても加盟国によって対中認識には少なからず差異があり、日本が今後経済安全保障でどこまでEUと協力を強化できるかは分からないが、両国とも同じような懸念を共有している。


<プロフィール>
和田大樹
(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap

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