2024年10月05日( 土 )

懸念が広がる中国による経済的威圧 その対象品の選び方とは

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国際政治学者 和田大樹

輸出 イメージ    農林水産省は7月2日、今年初めから5月までの水産物・食品の輸出額が前年同期比で1.2%減の5,364億円となり、中国向けの輸出が42%減の658億円にまで落ち込んだと発表した。一方、中国以外の国々への輸出は9.5%増の4,706億円だったとされ、この1年で日本産水産物の第3国へのシフトが鮮明となった。

 中国向けの輸出が落ち込んだ理由は、議論の余地もなく、昨年8月の中国による日本産水産物の全面輸入停止である。福島第一原発の処理水放出にともない、中国は日本産水産物の流入を遮断する決断を下したが、突然の発表だったことから、とくにホタテの多くを中国に輸出し、売上の大半を中国に依存してきた水産加工会社は大きな衝撃を受けることになり、インドネシアやベトナムなど東南アジアへの輸出を強化し、これまでの中国一辺倒のリスクを回避する策を進めている。

 一方、こういった事態を受けて、日本企業の間では第2弾、第3弾の経済的威圧を懸念する声が聞かれる。昨年8月の際には日本の水産業界が被害に遭ったが、当然だがほかの業種、業界も同じような被害に遭う潜在的なリスクがある。今後、尖閣や台湾など日中間で緊張が高まる事態が生じれば、第2、第3の経済攻撃が発動される可能性は十分にある。では、中国はどういった考えで貿易規制の対象品を選んでいるのだろうか。完璧な答えはできないが、以下2点をお伝えしたい。

 まず、「中国が貿易相手国からの輸入をストップしても、国内の経済や社会の影響が少ない、他国からの輸入で賄えるか」という点だ。中国は台湾産の果物類、オーストラリア産のワインや牛肉の輸入を一方的に停止したことがあるが、それらはフィリピンやフランス、ニュージーランドや米国など他国からの輸入に切り替えることも十分可能であり、中国にとっての必需品とはならない。一方、先端半導体やAIなど先端テクノロジーは重要な戦略物資であり、それらの技術や材料は中国としては輸入を停止することは難しい。

 もう1点は、「貿易相手国がどの品目でどれくらい深く中国に依存しているか」という点だ。2010年9月の尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件の際、中国は日本向けのレアアースの輸出規制を強化し、先端半導体をめぐる日本の対中輸出規制については、日本がその多くを中国に依存する希少金属ガリウムとゲルマニウムの輸出規制を強化するなど、貿易相手国の弱みを握るようなかたちで政治的な圧力を加えている。近年、中国依存のリスクを低減しながら中国とビジネスで付き合うという“デリスキング”への認識が日本企業の間でも広がっているが、デリスキングは正に「貿易相手国がどの品目でどれくらい深く中国に依存しているか」への対応策である。

 中国もグローバルサプライチェーンに深く組み込まれており、貿易相手国に過剰な規制を仕掛ければ、それがかえって中国自身の首を絞める結果にもなる。よって、貿易規制の対象品を選定する際には、自らに被害が可能な限りおよばないよう慎重に選んでいると考えられる。日本企業としては以上のような点を認識しておく必要があろう。


<プロフィール>
和田大樹
(わだ・だいじゅ)
清和大学講師、岐阜女子大学特別研究員のほか、都内コンサルティング会社でアドバイザーを務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会など。
▼詳しい研究プロフィールはこちら
和田 大樹 (Daiju Wada) - マイポータル - researchmap

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