2024年11月22日( 金 )

第3回脊振サミット「未来へ残そう脊振の大自然:山と川と海と」開催記(中)

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実行委員長として挨拶する池田氏
実行委員長として挨拶する池田氏

 脊振サミットの開催時期である6月8日(土)は、梅雨前で雨の少ない時期だと判断してこの日に決めた。開催にあたり、後輩のK会員と2人でプランを立て、早良区役所とも協議を重ねた。脊振の自然を愛する会の活動部隊にはメールで計画書を添付し、了承を得た。脊振の自然を愛する会では計画、決算等の報告をすべてメールで行っている。

 発表者は後輩であるワンダーフォーゲル部を含め10団体となった。ヤマップ、九州産業大学建築都市工学部、九州大学生態工学研究室、佐賀県有明海再生・自然環境課、佐賀県吉野ヶ里町商工観光課、脊振の自然を愛する会、福岡県那珂川市地域振興課、福岡市環境局環境調整課、福岡市立背振少年自然の家。放送局、新聞社にも後援の申請を提出した。規約、活動実績等々の提出、前回開催の実績もあり、申請した企業から名義使用の承認を得た。

 今回はオープニングにフルートの演奏を行い、会場を盛り上げようと計画。筆者のスキー仲間でプロのフルート演奏者のUに要請した。筆者のマンション建て替え完成祝賀会でも彼の仲間4人から演奏してもらった。それ以来となる演奏依頼である。

 こちらもスケジュールが確保できた。司会は予算の関係でK会員の奥さんにボランティアでお願いしていた。彼女には20年11月に椎原バス停に設置した登山地図の除幕式で司会をしてもらっている。しかし、その司会予定だったKの奥さんが急きょ、知人の結婚式に出席することになった。そのため前回サミットでお願いしたプロの女性司会者に連絡を入れたが、あいにくスケジュールが詰まっているとのことだった。

 そこで後輩のKと交流のある別のプロ女性司会者に予算を提示し、何とか引き受けてもらった。また、計画を進めていた早良区役所の担当女性係長Sが、これまた4月に異動となった。しかし、流れに沿うしかないと腹を決めた。

 発表者にパンフレット用の原稿をメールに添付してもらい、校正と印刷はKに任せた。Kは福岡市のHPも編集してきた。数年前に会社を解散しているが、すばらしいスキルとノウハウは健在だった。

 3月末にパンフレット300部が出来上がる。パンフレットは参加する関係者の内部情報用として10部ずつ郵送で配布した。また一般参加者向けのチラシ原稿もKが作成、共催の早良区役所で印刷し、西南学院大学や登山ショップの窓口へ配布した。脊振サミット開催案内は脊振の自然を愛する会のブログと筆者のフェイスブックで告知。また、(株)データ・マックスのNetIB-News(【6/8】「第3回脊振サミット 未来へ残そう脊振の大自然」開催)、西日本新聞、ふくおか市政だよりのイベント案内にも掲載してもらった。

吉野ヶ里町の発表
吉野ヶ里町の発表

    当日の進行時間割は筆者がラフ案を作成し、細かい部分はKに任せた。早良区役所との確認事項はメールで行った。サミット当日の受付等のスタッフとして、応援は会員と後輩のワンダーフォーゲル部の学生たちに頼んだ。

 6月4日に会場を下見。プロジェクターなどの機器操作、スクリーンや行事用のバトンの位置、関係者席の確認、大学の駐車場利用申請、参加スタッフの弁当手配など、諸々の準備ができた。

 大学のレストランは今年4月から諸事情により土曜日の営業がなくなったため、いつも利用しているJA脇山支店隣接の「ワッキー主基の里」に弁当の手配をする。スタッフ含め、登壇者用の弁当30個の当日配達はOKとの返事だった。「ワッキー主基の里」の弁当に使われている脇山米は、昭和天皇即位時に献上された大変おいしい米である。ワンゲルOB会もOB総会をサミット終了後の午後5時から開催してくれるということで、脊振の自然を愛する会OBスタッフや応援学生に配慮してくれた。

 当日の6月8日、筆者と後輩Kで早めに会場に行く。会員や後輩の学生たちが応援にやってきた。スタッフは会員10名、早良区所から3名。受付は後輩の女子学生にお願いした。HDMI、レーザーポインターなど、使用申請していた大学の備品を事務所に受け取りに行く。すると「職員のSさんからメモがあります」と仲間の職員。「大学に貰った花を使ってください」と励ましの手紙が添えてあり、ホールの入口に花の花瓶が置いてあった。心配りがありがたかった。

 付き合いのある看板業者・サインエフェクト(株)からは、お祝いの生花も届いた。いよいよ第3回脊振サミットのスタートである。

(つづく)

脊振の自然を愛する会
代表 池田友行

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